『午後二時の証言者たち』(天野節子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『午後二時の証言者たち』(天野節子), 作家別(あ行), 天野節子, 書評(か行)

『午後二時の証言者たち』天野 節子 幻冬舎文庫 2017年10月10日初版

八歳の女児が乗用車に撥ねられ死亡する。運転手は不起訴処分になるが、そこには罪深い大人たちの様々な打算が働いていた。患者よりも病院の慣習を重んじる医師、損得勘定だけで動く老獪な弁護士、人生の再出発を企む目撃者・・・・・・・。そして、遺族の疑心と刑事の執念が交錯した時、少女の死を巡る衝撃の事実が浮き彫りになる。慟哭の長編ミステリー。(幻冬舎文庫)

これといった目新しさはないのですが、無理なく読めて面白くもある。そんな話に思えます。日常でありながら日常とは違う人生の、ある場面を切り取った、幾人もの人間模様が描かれています。

話は、ごくありふれた交通事故に端を発しています。制限速度オーバー、信号無視、前方不注意、プラス携帯電話使用(未遂)。重傷を負った被害者の女の子は、出血性ショックで間もなく死亡。事故の責任は、明らかに乗用車の運転手にあります。

状況からして、加害と被害の関係は疑いようがありません。ところが、ここに「付加的な条件」がいくつか重なることで、単純に思われたこの交通事故は、(別に起こった殺人事件を間に挟み)徐々に違う色へと気配を変えます。

その1)  被害者・羽生桜子の受け入れを最初に打診されたのが、戸倉病院でした。しかし、病院はこの打診を断ってしまいます。但し、これには明確な理由があります。戸倉病院はいわゆる「救急指定病院」ではなく、当日はしようにも手術ができる態勢ではなかったのです。

問題は「制度上の責任」云々ではなく、まさに救急搬送依頼があったその時間帯に、「私用」で退出する間際の外科医が病院に居合わせたことにあります。外科部長である室井啓三は、戸倉病院の元看護師で不倫相手の小杉真知子との約束で、その日はサッカー観戦に行く予定をしていました。

彼が受け入れを断り、本来搬送すべき新生会病院へ行くよう指示したことに落ち度はありません。但し、「道義的責任」が問われることになります。もしも受け入れ、治療がなったとすれば、被害者は助かったのではないかと。

その2)  事故の目撃者がひとりだけだったということ。しかも、事故を全景で目撃したわけではありません。部分的ではあるものの、それが唯一の、決定的な証拠となります。そして、それは加害者である永光孝太にとって極めて「有利な作為を加えた」証言となります。

証言したのは付近に暮らす市井の主婦、寺島初実。彼女が事故を起こした運転手から受け取った名刺には、《エイコーストア上松店営業第二課長 永光孝太》とあります。

すぐのことですが、彼は、関東エリアでは5番目か6番目に店舗数が多い、スーパーエイコーの御曹司であるのがわかります。間際、彼は初実に対し「信号が青だったと証言してください。- 一千万出します」と出し抜けに言い、さっと彼女から離れたのでした。
・・・・・・・・・
8歳の娘・桜子を亡くした母、羽生志摩子が登場するのは、物語も随分進んだあとのことになります。彼女は静かに、しかし頑なまでに娘の死を受け入れられずにいます。葬儀をせず、弔問客を袖にしてまで、まだいる娘と暮らしているような日々を過ごしています。

※母・志摩子の、娘・桜子に対する強い愛情がわからぬわけではないですが、やや過剰に過ぎて間延びしたところがあります。全体としてはとても読み応えがあるのですが、失礼ながら、最後はさり気なく余韻を残して終わっていればと。残念!

この本を読んでみてください係数 80/100

◆天野 節子
1946年千葉県生まれ。
短大を卒業後、20年間幼稚園教諭を務め、20年間幼児教育教材会社を経て、60歳で自費出版デビュー。

作品 「氷の華」「目線」「烙印」「彷徨い人」など

関連記事

『報われない人間は永遠に報われない』(李龍徳)_書評という名の読書感想文

『報われない人間は永遠に報われない』李 龍徳 河出書房新社 2016年6月30日初版 この凶暴な世

記事を読む

『星の子』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『星の子』今村 夏子 朝日新聞出版 2017年6月30日第一刷 林ちひろは中学3年生。病弱だった娘

記事を読む

『県民には買うものがある』(笹井都和古)_書評という名の読書感想文

『県民には買うものがある』笹井 都和古 新潮社 2019年3月20日発行 【友近氏

記事を読む

『銀河鉄道の父』(門井慶喜)_書評という名の読書感想文

『銀河鉄道の父』門井 慶喜 講談社 2017年9月12日第一刷 第158回直木賞受賞作。 明治2

記事を読む

『あなたの本当の人生は』(大島真寿美)_書評という名の読書感想文

『あなたの本当の人生は』大島 真寿美 文春文庫 2019年8月1日第2刷 「書くこ

記事を読む

『路地の子』上原 善広_書評という名の読書感想文

『路地の子』上原 善広 新潮社 2017年6月16日発売 金さえあれば差別なんてさ

記事を読む

『モルヒネ』(安達千夏)_書評という名の読書感想文

『モルヒネ』安達 千夏 祥伝社文庫 2006年7月30日第一刷 在宅医療の医師・藤原真紀の前に、

記事を読む

『かわいい結婚』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『かわいい結婚』山内 マリコ 講談社文庫 2017年6月15日第一刷 結婚して専業主婦となった29

記事を読む

『鍵のない夢を見る』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『鍵のない夢を見る』辻村 深月 文春文庫 2015年7月10日第一刷 誰もが顔見知りの小さな町

記事を読む

『純平、考え直せ』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『純平、考え直せ』奥田 英朗 光文社文庫 2013年12月20日初版 坂本純平は気のいい下っ端やく

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『錠剤F』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『錠剤F』井上 荒野 集英社 2024年1月15日 第1刷発行

『絞め殺しの樹』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文

『絞め殺しの樹』 河﨑 秋子 小学館文庫 2024年4月10日 初版

『つまらない住宅地のすべての家』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『つまらない住宅地のすべての家』津村 記久子 双葉文庫 2024年4

『悪逆』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『悪逆』黒川 博行 朝日新聞出版 2023年10月30日 第1刷発行

『エンド・オブ・ライフ』(佐々涼子)_書評という名の読書感想文

『エンド・オブ・ライフ』佐々 涼子 集英社文庫 2024年4月25日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑