『天国までの百マイル 新装版』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『天国までの百マイル 新装版』浅田 次郎 朝日文庫 2021年4月30日第1刷

不況のあおりを受け、会社も金も失い、妻子とも別れた40歳の主人公。心臓病を患う母の命を救うため、天才的な心臓外科医がいるという病院をめざし、奇跡を信じて百マイルをひたすら駆ける。親子の絆、男女の悲しい恋模様を描いた感動の傑作長編。(朝日文庫)

If you miss the train I’m on
You will know that I am gone
You can hear the whistle blow
A hundred miles
A hundred miles,
A hundred miles
A hundred miles,
A hundred miles
You can hear the whistle blow
A hundred miles

もしもあなたが汽車に乗り遅れたら
私は行ってしまったと思って
汽笛が聞こえるでしょう
百マイルの彼方から
百マイル 百マイル
百マイル 百マイル
汽笛が聞こえるでしょう
百マイルの彼方から

ピーター・ポール&マリーの 「五百マイルも離れて」 という曲をご存じだろうか? 哀愁を帯びたメロディーに乗せて歌う別れの歌は、この小説によく似合います。要所要所に出てくるこの歌は、誰が歌う、誰に向けた歌なのでしょう? そんなことを考えました。

この 『天国までの百マイル』 はきわめてシンプルな、いい話である。
会社も金も失い、妻子にも別れたろくでなしの中年男の安男が、心臓を病む年老いた母の命を救うため、奇蹟を信じて千葉の病院までオンボロ車で百マイルをひたすら駆けぬけるのだ。

話は単純だが、そこには不況、倒産、自己破産、離婚、親の病気、介護といった現代社会の問題と家庭崩壊の病巣をじっとみつめる眼がある。

そして底ぬけの無償の愛情、友情、庶民たちの善意、医師の良心などに支えられながら、主人公は奇蹟をみる。(解説より)

まず読まされるのは、”奇蹟” に行き着くまでの安男の救いようのない人生、そのダメ男ぶりです。それでも安男が生きながらえたのは、或る一人の女性がいたからでした。ブスでデブでまるで色気のないマリは、時の安男にとってまさに女神のような存在でした。

最初、千葉県・鴨浦町にあるというサン・マルコ記念病院のことを、誰も信用しませんでした。安男がそこへ母を連れて行き、手術をすると決めたのは、藤本先生がいたからでした。先生は、サン・マルコ記念病院には天才の心臓外科医がいると言ったのでした。一年間に百五十例もの (心臓の) バイパス手術をこなすという、曽我先生のことでした。

※第14節 (ページでいうと213ページ) からが佳境です。ベタな言い方ですが、あなたは何度か涙ぐむに違いありません。もしも涙もろければ、何度も泣くはずです。込み上げるものがあり、(人の) 無償の善意に触れ、こうであればと祈るはずです。祈らずには、いられなくなります。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆浅田 次郎
1951年東京都中野区生まれ。
中央大学杉並高等学校卒業。

作品 「地下鉄に乗って」「鉄道員」「壬生義士伝」「お腹召しませ」「中原の虹」「帰郷」「獅子吼」他多数

関連記事

『たった、それだけ』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文

『たった、それだけ』宮下 奈都 双葉文庫 2017年1月15日第一刷 「逃げ切って」。贈賄の罪が発

記事を読む

『田村はまだか』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『田村はまだか』朝倉 かすみ 光文社 2008年2月25日第一刷 田村は、私の妻の旧姓です。そん

記事を読む

『恋に焦がれて吉田の上京』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『恋に焦がれて吉田の上京』朝倉 かすみ 新潮文庫 2015年10月1日発行 札幌に住む吉田苑美

記事を読む

『それを愛とまちがえるから』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『それを愛とまちがえるから』井上 荒野 中公文庫 2016年3月25日初版 ある朝、伽耶は匡にこう

記事を読む

『太陽の坐る場所』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『太陽の坐る場所』辻村 深月 文春文庫 2011年6月10日第一刷 高校卒業から十年。元同級生

記事を読む

『鳥の会議』(山下澄人)_書評という名の読書感想文

『鳥の会議』山下 澄人 河出文庫 2017年3月30日初版 ぼくと神永、三上、長田はいつも一緒だ。

記事を読む

『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(大島真寿美)_書評という名の読書感想文

『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』大島 真寿美 文春文庫 2021年8月10日第1刷

記事を読む

『地獄行きでもかまわない』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『地獄行きでもかまわない』大石 圭 光文社文庫 2016年1月20日初版 冴えない大学生の南里

記事を読む

『夫婦一年生』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『夫婦一年生』朝倉 かすみ 小学館文庫 2019年7月21日第2刷発行 新婚なった夫

記事を読む

『遊佐家の四週間』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『遊佐家の四週間』朝倉 かすみ 祥伝社文庫 2017年7月20日初版 羽衣子(ういこ)の親友・みえ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月2

『逆転美人』(藤崎翔)_書評という名の読書感想文

『逆転美人』藤崎 翔 双葉文庫 2024年2月13日第15刷 発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑