『末裔』(絲山秋子)_書評という名の読書感想文
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『末裔』(絲山秋子), 作家別(あ行), 書評(ま行), 絲山秋子
『末裔』絲山 秋子 河出文庫 2023年9月20日 初版発行
家を閉め出された孤独な中年男の冒険譚
俺の祈りの時代は、終わったのだ。さまよえる男たちに贈る傑作長編
自宅に帰ると鍵穴が消え、家から閉め出されてしまった定年間際の公務員・富井省三。妻に先立たれ、息子や娘とも疎遠な男は、街をさまよい謎の占い師と出会う。不吉な予言、しゃべる犬、幻の七福神。次々と起こる不思議な伯父の家に、そして先祖を巡る旅へと導いていく。心の孤独を解きほぐす、中年男の冒険譚。◎解説=斉藤美奈子 (河出文庫)
ある日、彼が勤め先から帰ると、家のドアに (当然あるべきはずの) 鍵穴が消えてなくなっていたのでした。
鍵はあっても、差し込む穴がなければ、どうにもなりません。裏へまわり、窓のガラスを割ってでもと、一度は省三は考えるのですが、隣近所に色々あってそれもできません。何がどうしてこんなことになったのか、摩訶不思議な出来事に、省三はただ途方に暮れるのでした。
妻亡き後、半ばゴミ屋敷と化した世田谷区の一戸建て。玄関から庭に回る通路は粗大ゴミと雑草におおわれて通れない。もしかして俺は家から閉め出された? 『末裔』 はそんな不思議な出来事からはじまる小説です。
主人公の富井省三は五十八歳。定年を間近に控えた区役所勤めの公務員です。三年前に妻を亡くし、息子はすでに結婚して独立、娘も家を出ていった。父亡き後、ずっと同居してきた母も認知症をわずらって、妻が亡くなるしばらく前から施設暮らし。そんなこんなで、省三は一人暮らしになったのでした。
省三が家から閉め出されたところからスタートした物語は、思いがけない方向に転がりはじめます。一言でいえば、これは初老の男性の冒険譚、あるいは彼が自らのルーツをたどる 「過去への旅」 といってもいいでしょう。
息子の朔矢にやんわり家に来ることを拒否された省三を助けたのは、梶木川乙治と名乗る謎めいた自称占い師でした。彼が紹介してくれたビジネスホテルで二晩をすごした後、〈少しの間、東京から離れた方がいいと思います〉 〈よくないことが起きるんです〉 と乙治はいいます。〈青い鳥を探して下さい〉 とも。
そして省三が向かった先は、鎌倉の亡き伯父の家。そこは省三の幸福な記憶が刻印された場所でした。この家を介して、彼は昭和の教養人だった父や伯父のことを感慨深く思い出すのですが、旅はそこでは終わりません。ひょんなことから鎌倉で知り合った籠原家の人々。伯父の家で鉢合わせた娘の梢枝。伯父亡き後に再婚した伯母。新しい出会いや再会を通して、省三の思い出は父から祖父へ、さらに曾祖父の時代へとつながり、終盤にいたって彼は富井家のルーツがある長野県の佐久にまで足を踏み入れることになります。(解説より)
それまでの省三の人生は、大枠でみれば “可もなく不可もなく“ というもので、おそらく彼の来し方に、同世代の男性の中には深く共感する人が少なからずいるはずです。
妻や息子や娘を思い、それでも彼は精一杯頑張ったのでした。家のことは妻にまかせっきりで、その妻が亡くなり、二人の子供は家を出て行きました。一人きりになり、家の中は次第に荒れ放題となり、気付くと、省三は帰る理由を失くしていたのでした。
※彼は一見ルーズなようですが、(腐っても) 公務員です。根はまじめで、学生時代はそれなりに優秀で、なにがしか高い志を抱いていたのやも知れません。省三の父や伯父のことを知ると、そう思わずにはいられません。その後に連なる省三に、果たして彼らを引き継ぐ “勝算“ はあるのでしょうか。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆絲山 秋子
1966年東京都世田谷区生まれ。群馬県高崎市在住。
早稲田大学政治経済学部卒業。
作品 「沖で待つ」「逃亡くそたわけ」「ニート」「エスケイプ/アブセント」「不愉快な本の続編」「薄情」 他多数
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