『汚れた手をそこで拭かない』(芦沢央)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/05
『汚れた手をそこで拭かない』(芦沢央), 作家別(あ行), 書評(や行), 芦沢央
『汚れた手をそこで拭かない』芦沢 央 文春文庫 2023年11月10日 第1刷
話題沸騰の 「最恐」 ミステリ 直木賞候補作
もうやめて ひたひたと忍び寄る恐怖 ぬるりと変容する日常
平穏に夏休みを終えたい小学校教諭、元不倫相手を見返したい料理研究家・・・・・・・きっかけはほんの些細な秘密だった。保身や油断、猜疑心や傲慢。内部から毒に蝕まれ、気がつけば取返しのつかない場所に立ち尽くしている自分に気づく。凶器のように研ぎ澄まされた “取扱い注意“ の傑作短編集。第164回直木賞候補作。 解説・彩瀬まる (文春文庫)
いつもいつも、人は “正しい判断“ ができるとは限りません。その場しのぎの弁解や、逃げ場をなくしてつく嘘は、結局のところ、さらに自分を追い詰めることになりかねません。
きつい、苦しい。出口がない。やればやるほど “ドツボ“ にはまる。そこがたまりません。
第五話 『ミモザ』 は気弱でものごとに確信を持てない料理研究家の主人公が、狡猾で威圧に慣れた元恋人につきまとわれ、生活を脅かされる話だ。主人公の気弱さ、他者に断言をされると自分の思考がたやすく揺らぐ危うさに、終始ハラハラさせられる。(中略)
なんどもなんどもこじれた状況を解決しようと思考を巡らせ、言葉を選ぶのに、主人公は脅迫者を叩き出すことができない。主人公は確かに 「悪いことなんてしてない」。けれど、彼女は彼女の性分から出られない。
物語としてありがちな、なんらかの都合のいいきっかけや気づきをもって、彼女がそんな自分を変えていく - なんて展開には絶対にしないところに、人間のリアリティを追求する作者の凄みと恐ろしさを感じる。芦沢さんは決して人間を美化しない。描かれるのはいつも弱く不完全で、容易に変わることのできない、醜さを抱えて生きていくしかない私のような、隣人のような、生々しい人たちだ。(解説より)
そして、彩瀬まるはこう続けます。
汚れた手を、どこで拭けばよかったんだろう。本書を読み終えて、まずそんな問いが浮かんだ。
苦く出口のない五つの部屋。物語に出てくる人々の、頭の中の狭い部屋。罪悪感や恐怖、都合のいい忘却と期待、抜け出せない性分。それ以外にも様々な、読み手が思わず 「わからないでもない」 と感じてしまう汚れの部屋に囚われた人たちは、いったいどこで、汚れた手を拭けばよかったんだろう。衣服の背面になすりつけるでもなく、身近な他人になすりつけるでもないなら、どこで。
もちろん、手を洗えたら一番よかったのだろう。流し台に立って蛇口をひねり、流水に手を浸して、石鹸を使えたら。しかし彼らが囚われた部屋に流し台はない。そして 「表沙汰にしたくない」 と思った瞬間、部屋の出口は塗りつぶされる。彼らは自ら部屋の出口を塞いだのだ。
※できれば見たくなかった、知りたくはなかったという人の心の裏側をいやというほど見せられて、あなたは何を思うのか。これまでの人生で、疚しいことは何ひとつしたことがないという、あなにこそ読んでほしいと思う一冊です。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆芦沢 央
1984年東京都生まれ。
千葉大学文学部史学科卒業。
作品 「罪の余白」「今だけのあの子」「許されようとは思いません」「いつかの人質」「悪いものが、来ませんように」「火のないところに煙は」「貘の耳たぶ」他
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