『逢魔が時に会いましょう』(荻原浩)_書評という名の読書感想文
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『逢魔が時に会いましょう』(荻原浩), 作家別(あ行), 書評(あ行), 荻原浩
『逢魔が時に会いましょう』荻原 浩 集英社文庫 2018年11月7日第2刷
大学4年生の高橋真矢は、映画研究会在籍の実力を買われ、アルバイトで民俗学者・布目准教授の助手となった。布目の現地調査に同行して遠野へ。”座敷わらし” を撮影するため、子どもが8人いる家庭を訪問。スイカを食べる子どもを数えると、ひとり多い!? 座敷わらし、河童、天狗と日本人の心に棲むあやしいものの正体を求めての珍道中。笑いと涙のなかに郷愁を誘うもののけ物語。(集英社文庫)
私の住む町は、生まれた頃は村でした。周りはすべて田んぼで、田んぼが並ぶ際には藪があり、藪は河川に沿って広がっており、そこいら一帯を覆い尽くしていました。
藪の入口には朱塗りの鳥居が続く石段があり、石段を上るとその先に小さな社がありました。古惚けたその社は 「稲荷さん」 と呼ばれていました。集落にある神社とは別に、「稲荷さん」 がなぜこんな場所にあるのか。子供心にそれが不思議でなりませんでした。
石段の終点と社の間には横に長く細い道があります。藪に覆われた堤防道で、集落と集落を繋いでいます。無造作に生えた竹や草で砂利道が半ば塞がっており、一人なら大人でさえちょっとビビるような、緩やかな曲線の一本道でした。
滅多に人は通りません。余程のことがない限り、通ろうとはしなかったと思います。まるでひと気のない、昼間でさえ鬱蒼とした堤防道の傍らにぽつんと建つ煤けて見る影もない社に、それでも切らさず季節の野菜や果物が供えてあったのは、せずにいると、「狐に騙されて」 しまうからだと。そんな噂がありました。
- そういえば、こんな話も。
法事の帰りに酒に酔い、(つい近道をと) 自転車で堤防道を走ると、走れども走れどもいっこうに堤防の出口が見えて来ない。前に進んでいる気がしないのです。よくよく周囲を見渡すと、どうやら同じところを何回もぐるぐると回っているだけであるらしい。
さては - 、これは 「狸の仕業」 ではないかと。法事で貰った供養の品を目当てに、狸に化かされているのではないかと。そう思い、荷台に積んだ諸々を道端にそっと降ろし、後ろを見ずにそのまま進むと、やがて堤防の出口が見え、無事に家までたどり着いたのだそうです。
狸は、(やや強引ではありますが) もののけらしからぬそのイメージからすると座敷わらしに似ていなくもありません。
社の奥には褪せた紫色の幕が張ってあり、確かそこには石で造った狐の像がありました。もしもそれが狐ではなく、赤い鼻の天狗だったとしても、それはそれで構わなかったのだと思います。
いずれにせよ、人の言葉を操る “もののけ” には違いないのですから。それが “何か” は二の次で、要は 「気配がする」 というドキドキ感こそが重要で、
何か - 、尋常ならざるものが現れる。今しも現れそうな気配がある。そういう期待と不安が、なお一層冒険心を煽ることになります。
ちょうどこれからの季節、鬱蒼とした藪を越え、社を越えて下った先の河原へ行くと、ひょっとすると、そこには甲羅干しをする河童の一匹や二匹はいるかもしれません。”尻子玉” を抜かれぬよう、くれぐれも注意せねばなりません。
※本書は、「小説すばる」 に掲載された 「座敷わらしの右手」(2000年3月号)、「河童沼の水底から」(2000年9月号) を加筆・修正したものに、書き下ろしの 「天狗の来た道」 を加えたオリジナル文庫です。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆荻原 浩
1956年埼玉県大宮市生まれ。
成城大学経済学部卒業。
作品 「オロロ畑でつかまえて」「明日の記憶」「金魚姫」「誰にも書ける一冊の本」「砂の王国」「噂」「二千七百の夏と冬」「海の見える理髪店」他多数
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