『エヴリシング・フロウズ』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『エヴリシング・フロウズ』津村 記久子 文春文庫 2017年5月10日第一刷

クラス替えは、新しい人間関係の始まり。絵の好きなヒロシは、背が高くいつもひとりでいる矢澤、ソフトボール部の野末と大土居の女子2人組、決して顔を上げないが抜群に絵の上手い増田らと、少しずつ仲良くなっていく。母親に反発し、学校と塾を往復する毎日にうんざりしながら、将来の夢もおぼろげなままに迫りくる受験。そして、ある時ついに事件が・・・・。大阪を舞台に、人生の入り口に立った少年少女のたゆたい、揺れる心を、繊細な筆致で描いた青春群像小説。(アマゾン内容紹介より)

本書『エヴリシング・フロウズ』で津村記久子が描こうとするのは中学三年生の日常の「すべて」、すなわち未熟な時期をかたちづくっているあやふやな要素の「総体」だ。(解説の冒頭にある石川忠司氏の言葉)
・・・・・・・・・
中学3年生にしてはヒロシは背の低い少年で、成績は中のやや上あたり、運動神経はまあまあといったところ。間違ってもクラスの中心になるような存在ではありません。

唯一、絵を描くことにだけは集中できた(自信があった)のですが、クラスで一、二を争う地味な女、増田誓子が描いたという絵を前に、それも儚く砕け散ってしまいます。

その頃にありがちな悩みをいくつか抱え、それを話せる相手がいません。口うるさい母親をいくらか馬鹿にしており、面と向かって話そうとしません。学校と塾との往復に辟易し、塾で出された宿題はしたりしなかったりを繰り返しています。

ヒロシが矢澤とつるむようになったのはいわば偶然の成り行きで、クラス替えになった席決めで、たまたま前と後ろになったのが始まりです。ひとりでいる矢澤にヒロシが声をかけ、矢澤が何気に応じたことをきっかけに、二人はやがてつるむようになります。

クラスには、ヒロシがちょっといいなと思う女子がいます。ソフトボール部の野末義美。ヒロシは、野末がブラウスの下に着ているTシャツのバックプリントが何なのか、気になって仕方ありません。

一方、野末はというと、ヒロシが思うほど〈おんなおんな〉した女子ではありません。

野末は、女としてはありえないことに、授業中でも平気で手を上げてトイレに行くし、薄い黄色のカーディガンを着ていたおっさんの国語の教師に「先生今日はひよこに似てますね」などとほざくし、理科の時間に堂々と爆睡して、出席簿で顔をどつかれていた。

そして、やたら弁当箱がでかくて、作文が死ぬほど下手で、むしろ〈おとこおとこ〉しています。野末といつも、常に、どんな時もつるんでいるのが、大土居紗和。二人は、ソフトボール部の主将と副主将をしています。
・・・・・・・・・
脳みそがスライスされてしまいそうなほどのキーキー声を上げて手を取り合ったりしている女たちと、新しいクラスなどどうでもよいという態で、まったく関係のない話をしながら、しかし掲示板の前から離れようとしない体育会系の男たち -

その後方で、背の低いヒロシは根気強く表の確認をしようとしています。高校受験を翌年に控え、3年生になっばかりのヒロシは鬱々とした気持ちでいます。とにかくも、ヒロシは面倒なのでした。

誰と中学3年の1年をつるめるかについて、意外と出たとこ勝負のくせして、この場ではどちらが派手に喜べるかを競っているような女たちや、興味のなさそうな顔つきで名前の表をずるずると眺めながら、

こいつにならおれは勝ってるとか、腕力では敵わないけど顔では上とか、想像力をたくましくしている男たちが周りにうろうろしていると、ヒロシはときどき窒息しそうになる。

・・・・そして全員共通して、空間を把握する能力が完全に欠如しているから、自分がどれだけ場所を占領して、どれだけ一般的な注視を集めるものへの視線を遮っているかがまったく想像できていない。

- などとえんえんと考えていることはたぶん時間の無駄なので、いったん家に帰りたい、と ヒロシは思う。

ヒロシは、(思う以上に)考えています。ここに登場する少年少女らは、その年頃に相応しく真っ直ぐで、未熟で、見つけられない答えに絶えず苛立っています。

ヒロシが次第に関係を深めていく矢澤徹也、野末義美、大土居紗和、増田誓子。さらには、ヒロシが小学校時代に塾で知り合った藤原仁志、古野弥生らを交え、彼らが抱える恋や悩みや戸惑いが、分け隔てなく綴られてゆきます。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆津村 記久子
1978年大阪府大阪市生まれ。
大谷大学文学部国際文化学科卒業。

作品 「まともな家の子供はいない」「君は永遠にそいつらより若い」「ポトスライムの舟」「ミュージック・ブレス・ユー!! 」「とにかくうちに帰ります」「浮幽霊ブラジル」他多数

関連記事

『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』(滝口悠生)_書評という名の読書感想文

『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』滝口 悠生 新潮文庫 2018年4月1日発行 東北へのバ

記事を読む

『裏アカ』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『裏アカ』大石 圭 徳間文庫 2020年5月15日初刷 青山のアパレルショップ店長

記事を読む

『海』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『海』小川 洋子 新潮文庫 2018年7月20日7刷 恋人の家を訪ねた青年が、海か

記事を読む

『 i (アイ)』(西加奈子)_西加奈子の新たなる代表作

『 i (アイ)』西 加奈子 ポプラ文庫 2019年11月5日第1刷 『サラバ!

記事を読む

『生きてるだけで、愛。』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文

『生きてるだけで、愛。』本谷 有希子 新潮文庫 2009年3月1日発行 あたしってなんでこんな

記事を読む

『祝山』(加門七海)_書評という名の読書感想文

『祝山』加門 七海 光文社文庫 2007年9月20日初版 ホラー作家・鹿角南のもとに、旧友からメー

記事を読む

『失はれる物語』(乙一)_書評という名の読書感想文

『失はれる物語』乙一 角川文庫 2006年6月25日初版 目覚めると、私は闇の中にいた。交通事故に

記事を読む

『つけびの村』(高橋ユキ)_最近話題の一冊NO.1

『つけびの村』高橋 ユキ 晶文社 2019年10月30日4刷 つけびして 煙り喜ぶ

記事を読む

『甘いお菓子は食べません』(田中兆子)_書評という名の読書感想文

『甘いお菓子は食べません』田中 兆子 新潮文庫 2016年10月1日発行 頼む・・・・僕はもうセッ

記事を読む

『ポースケ』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『ポースケ』津村 記久子 中公文庫 2018年1月25日初版 奈良のカフェ「ハタナカ」でゆるやかに

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月2

『逆転美人』(藤崎翔)_書評という名の読書感想文

『逆転美人』藤崎 翔 双葉文庫 2024年2月13日第15刷 発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑