『サキの忘れ物』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/08 『サキの忘れ物』(津村記久子), 作家別(た行), 書評(さ行), 津村記久子

『サキの忘れ物』津村 記久子 新潮社 2020年6月25日発行

見守っている。あなたがわたしの存在を信じている限り。

ある日、千春はアルバイト先の喫茶店で客が忘れていった一冊の本を手にする。それは誰からもまともに取り合ってもらえなかった千春がはじめて読み通した本となった。十年後、書店員となった彼女の前に現れたのは。人生は、ほんとうにちいさなことをきっかけに動きだす。たやすくない日々に宿る僥倖のような、まなざしあたたかな短篇集。(新潮社)

[目次]
・サキの忘れ物
・王国
・ペチュニアフォールを知る二十の名所
・喫茶店の周波数
・Sさんの再訪
・行列 
(前の東京オリンピック以来の来日で、十二時間待ちの展示の行列に並びはじめた主人公がその果てに出会った光景)
・河川敷のガゼル
・真夜中をさまようゲームブック
 (ある晩、家の鍵をなくした私は居場所を探して町内をさまようことに。一篇のなかに無数の物語が展開! )

・隣のビル
宝ビルと私の働いている会社のビルは、手を伸ばせば届きそうなほど近くにあり、窓から縁に飛び移って植木を育てている屋上のフェンスをつかんでよじ登れば中に入れそうだった。

(ビルの谷間をひとっ跳び - って、スパイ映画じゃあるまいし、普通、そんなことやらんし。やってみようとも思わない。そもそも、四階の窓から隣のビルの屋上へ飛び移る、理由がない! )

屋上の植木の成長や入れ替わりもよく見ていたけれども、私はそれ以上に三階の窓の方をよく見ていた。

よく覚えているのは、ある日ミニオンの大きなぬいぐるみが、ソファと座卓の間の床にうつ伏せに倒れていた光景だった。べつにそれだけなら、そういう日もあるだろうで済むのだが、仕事が忙しくて一週間以上のぞかないでいた後にまたのぞきに行くと、同じように、ミニオンがうつ伏せに倒れていたということがあった。寸分違わず、と言うと言い過ぎかもしれないけれども、ミニオンは一週間前に見た時とほぼ同じ場所に倒れていたと思う。大丈夫か、と私は思った。それはミニオンに対してもだし、うつ伏せのミニオンを放置している住人に対してもだった。

(とどのつまり、私は津村記久子のこんなところ (文章) が好きなのだと思う。大抵は見過ごしてしまうであろう些細な違和感を捉え、それを文章に置き換える、その目の付けどころ。飾らず、あくまで等身大で。臆さず本音で語るところ)

※そもそもは おまえ、トイレが長すぎるんだよ! と怒鳴られた。ことがきっかけでした。”私” は職場を抜け出して、四階にあるロッカールームの窓から隣のビルの屋上へ飛び移り、よく見ていた三階の窓の住民と、ばったり出くわしたのでした。

その偶然は、もはや元の職場に戻る気のない “私” にとって、まさに 僥倖のような 出来事でした。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆津村 記久子
1978年大阪府大阪市生まれ。
大谷大学文学部国際文化学科卒業。

作品 「まともな家の子供はいない」「君は永遠にそいつらより若い」「ポトスライムの舟」「ミュージック・ブレス・ユー!! 」「とにかくうちに帰ります」「浮幽霊ブラジル」「ディス・イズ・ザ・デイ」他多数

関連記事

『正しい女たち』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『正しい女たち』千早 茜 文春文庫 2021年5月10日第1刷 どんなに揉めても、

記事を読む

『森の家』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『森の家』千早 茜 講談社文庫 2015年12月15日第一刷 自由のない家族関係を嫌う美里は、一回

記事を読む

『レディ・ジョーカー』(高村薫)_書評という名の読書感想文

『レディ・ジョーカー』(上・下)高村 薫 毎日新聞社 1997年12月5日発行 言わずと知れた、

記事を読む

『ジオラマ』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『ジオラマ』桐野 夏生 新潮エンタテインメント倶楽部 1998年11月20日発行 初めての短

記事を読む

『アンチェルの蝶』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『アンチェルの蝶』遠田 潤子 光文社文庫 2014年1月20日初版 大阪の港町で居酒屋を経営する藤

記事を読む

『雨の中の涙のように』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『雨の中の涙のように』遠田 潤子 光文社文庫 2023年8月20日初版第1刷発行

記事を読む

『ビオレタ』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『ビオレタ』寺地 はるな ポプラ文庫 2017年4月5日第1刷 「何歳までに結婚

記事を読む

『猿の見る夢』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『猿の見る夢』桐野 夏生 講談社 2016年8月8日第一刷 薄井正明、59歳。元大手銀行勤務で、出

記事を読む

『幸せになる百通りの方法』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『幸せになる百通りの方法』荻原 浩 文春文庫 2014年8月10日第一刷 荻原浩の十八番、現代社

記事を読む

『自由なサメと人間たちの夢』(渡辺優)_書評という名の読書感想文

『自由なサメと人間たちの夢』渡辺 優 集英社文庫 2019年1月25日第一刷 痛快

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑