『捨ててこそ空也』(梓澤要)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/11
『捨ててこそ空也』(梓澤要), 作家別(あ行), 書評(さ行), 梓澤要
『捨ててこそ空也』梓澤 要 新潮文庫 2017年12月1日発行
平安時代半ば、醍醐天皇の皇子ながら寵愛を受けられず、都を出奔した空也。野辺の骸を弔いつつ、市井に生きる聖となった空也は、西国から坂東へ、ひたすら仏の救いと生きる意味を探し求めていく。悪人は救われないのか。救われたい思いも我欲ではないか。「欲も恨みもすべて捨てよ」と説き続けた空也が、最後に母を許したとき奇跡が起きる。親鸞聖人と一遍上人の先駆をなした聖の感動の生涯。(新潮文庫)
2014年、第3回歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞作品。
今日は12月24日。クリスマス・イブである。世間はさぞや賑やかなことだろう。夜ともなれば多くの家の食卓にはケーキが並び、知ってか知らずか、家族揃ってイエス・キリストの降誕を祝うのだ。そのほとんどが、敬虔な信者でも何でもあるまいに。
朝刊に「本堂にもイブ」と題したこんな文章があった。
クリスマスケーキを、僧侶が買っていた。私はその光景に、軽いショックをうけている。多くの人に、そのことをふいちょうした。浄土真宗で得度をした宗教学者にも、つげている。やや、うろたえ気味の私を、くだんの学者は、こうさとしてくれた。
うちの家は、西本願寺系の寺でね。毎年、クリスマスイブには、本堂でいわっていた。ツリーもかざったりしてね。そりゃあ、そんなものなんだ。おどろくような話じゃあ、ないんだよ、と。(2017.12.24 京都新聞 井上章一の「現代洛中洛外もよう」より)
日本中の田舎がそうかどうかは知らないが、私の家には大ぶりな「仏壇」があり、それとは別に「神棚」がある。その様子は昔から変わりなくそうで、私は、これと決めた信仰心もないままに、仏にも神にも守られているというわけだ。
願い寺(正式には「手次寺」(てつぎでら)というらしい)は「常念寺」という。西本願寺派の末寺である。200戸余りある集落(今は「町」に格上げされている)の真ん中には、大層立派な神社がある。
つまり、私の家は先祖代々、浄土真宗の「門徒」であり、地元にある神社の「氏子」でもあるということ。元気だった頃の親父は仏壇と神棚を前にして、朝夕欠かさず手を合わせ、熱心に何かを願っていたものだ。中学生になった私は、それが不思議でならなかった。
仏と神とを、まるで同じもののようにして拝むとは、一体全体どういう理屈なのか? 信じる誰かの教えに対する一心な思い - それこそが「宗教」だとすれば、親父がしているのは単に「儀礼」に過ぎないのではないかと。
先祖代々の田畑を守り続けるように、仏壇も、神棚もそのままに、在るものを在るがままに守り続けること。親父にしてみればそれが「宗教」で、それが「信心」だったのではないかと。
では、そういうお前はどうなんだ? と訊かれると言葉に詰まる。歳をとればせめて親父くらいにはなるのだろうと高を括っていたのだが、そうはならなくて時々ちょっと慌てる。つくづく自分は宗教心のない人間だと思う。根が薄情なのだ。
2年前、そんな私が、選ばれて寺の「総代」になった。なったらなったで大したことはないのだが、時折、ふとまじめになって考えてみる。そもそも「浄土真宗とは?」と。そう訊かれて、何と答えるべきかと。
せめてそれくらいは言えるようにと、暇に飽かせて、私はこんな本を読んでみようと思うことがある。
※ 空也の本名は、「五宮(ごのみや)」。平安時代中期を生きた人物で、その口から六体の阿弥陀仏が飛び出しているという大変ユニークな立像で有名な僧侶です。空也が説いた「念仏の教え」はその後二百年以上の時を経て法然へ、そして親鸞へと引き継がれて行きます。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆梓澤 要
1953年静岡県生まれ。
明治大学文学部史学地理学科(考古学専攻)卒業。
作品 「喜娘」「荒仏師 運慶」「万葉恋づくし」「光の王国 秀衡と西行」「阿修羅」他
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