『静かに、ねぇ、静かに』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文

『静かに、ねぇ、静かに』本谷 有希子 講談社 2018年8月21日第一刷

芥川賞受賞から2年、本谷有希子が描くSNS狂騒曲! 

海外旅行でインスタにアップする写真で “本当” を実感する僕たち、ネットショッピング依存症から抜け出せず夫に携帯を取り上げられた妻、自分たちだけの “印” を世間に見せるために動画撮影をする夫婦 - 。SNSに頼り、翻弄され、救われる私たちの空騒ぎ。(帯文より)

本当の旅」 「奥さん、犬は大丈夫だよね? 」 「でぶのハッピーバースデー」 の3話収録。

元来そういう作風ではあるのですが、「諷刺」 だけでは済まされない、あるいは (身につまされて) 笑うに笑えない話ばかりが書いてあります。他人事ならいいものを、今は老若男女を問わず誰もがそうであるような、そうでなければならないような時代にあって、如何にもありそうな話に思えます。

「本当の旅」
もうすぐ40歳に手が届くかという、かつての専門学校の同級生 - ハネケン、づっちん、ヤマコ - の3人は、昨今ありがちなSNS(グループLINE) によって強く結ばれています。彼らは空港にいて、久方ぶりに出会い、今まさにマレーシアのクアラルンプールへ旅立とうとしています。

旅のことはさておき、まず、3人が今どんな暮らしをしているかといいますと、実のところは(その年齢にあって)必ずしも賢明な生き方をしているとは言えません。

語り手であるハネケンは、づっちんのアドバイスが元で過疎地の村で家を借り、米を作って暮らしています。その一方で細々とウェブサイトの仕事をし、ようよう生活が成り立っています。それが望み通りであったかどうかはともかくも、ハネケンはづっちんのことを問答無用にリスペクトしています。

ヤマコは、Tシャツショップでアルバイトをしています。最初はただの店番だったのですが、今はロゴのアイデアまで出してほしいと頼まれるようになっています。それが自慢であり、他の二人も認めるところではありますが、所詮は単なるアルバイトに過ぎません。

特筆すべきはづっちんで、彼は無職で今も実家暮らしをしています。にもかかわらず、ハネケンはづっちんをリスペクトしてやまず、今回の旅を計画し、クアラルンプールへ行こうと二人を誘ったのもづっちんだったのでした。

づっちんの言うままに計画は現実となり、多少の齟齬はあるものの、ハネケンとヤマコはそれを喜々として了承したのでした。

つまりは、彼らは彼らなりに “完全無欠” な関係で、各々が各々に対し決して “否定” してはならない存在 - 極端に狭い世界の中で、彼らは彼ら以外に目を向けようとはしません。

直に話をしたり見たりするよりむしろLINEを通して目にする言葉や画像の方が、3人にとっては殊更リアルに感じられ、目の前で起こっている出来事は必ずしも “現実” ではなく、SNS上に表記されたものこそが、自分が思う願うべき現実なんだと。

(読むとわかるのですが) 特にづっちんは、普通に生きる人々を見下すことで自分は違うと認識し、金持ちの愚かさを嘆くことで無職の自分を顧みようとしません。インスタばかりに執着し、それで世界に何かを発信しているのだと勘違いしています。

“承認欲求” ばかりが強く、それはハネケンやヤマコにしても同様で、彼らは如何なる状況においても、たとえそれとは違う心境であったとしても、基本ポジティブな態度を変えようとしません。そうすることで現実が、あたかも自分が望む “現実” にすり替わるかのように・・・・・・・

話の後半、3人はガイドブックに従わず、づっちんが言うまま乗ってはいけない黄色のタクシーに乗ります。するとタクシーは頼んだ場所とは違い、郊外を抜け、山の中へと進んで行きます。明らかにそれは “ヤバい” 状況なのですが、(そうと認めたくないばかりに) それでも3人はバカ話を止めようとはしません。

3人の内、特にハネケンは、タクシーに乗ったかなり早い段階で、いち早く不穏な空気を察知しています。づっちんとヤマコがそう感じたのも、実はハネケンと大して違わなかったのかもしれません。

3人それぞれにいくばくかの不安を抱えつつ、タクシーの中ではあくまでもポジティブな会話に終始します。どう考えてもこれはマズいと思い、ハネケンはそれをLINEでこっそり伝えようとするのですが、慌てる素振りがない二人を見て、思わず「イエー」 などと書き込んでしまいます。

十分に悲劇的な結末に至ることが予測されるにもかかわらず、そんな状況でさえなおも3人は、せっせと、ムリからポジティブで空疎なやり取りを繰り返すのでした。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆本谷 有希子
1979年石川県生まれ。
石川県立金沢錦丘高等学校卒業。ENBUゼミナール演劇科に入学。

作品「ぬるい毒」「嵐のピクニック」「異類婚姻譚」「江利子と絶対」「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」「生きているだけで、愛。」「自分を好きになる方法」「グ、ア、ム」他

関連記事

『成功者K』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『成功者K』羽田 圭介 河出文庫 2022年4月20日初版 『人は誰しも、成功者に

記事を読む

『すみなれたからだで』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『すみなれたからだで』窪 美澄 河出文庫 2020年7月20日初版 無様に。だけど

記事を読む

『凶宅』(三津田信三)_書評という名の読書感想文

『凶宅』三津田 信三 角川ホラー文庫 2017年11月25日初版 山の中腹に建つ家に引っ越してきた

記事を読む

『本を読んだら散歩に行こう』(村井理子)_書評という名の読書感想文

『本を読んだら散歩に行こう』村井 理子 集英社 2022年12月11日第3刷発行

記事を読む

『サンティアゴの東 渋谷の西』(瀧羽麻子)_書評という名の読書感想文

『サンティアゴの東 渋谷の西』瀧羽 麻子 講談社文庫 2019年5月15日第1刷

記事を読む

『幸せのプチ』(朱川湊人)_この人の本をたまに読みたくなるのはなぜなんだろう。

『幸せのプチ』朱川 湊人 文春文庫 2020年4月10日第1刷 夜中になると町を歩

記事を読む

『鈴木ごっこ』(木下半太)_書評という名の読書感想文

『鈴木ごっこ』木下 半太 幻冬舎文庫 2015年6月10日初版 世田谷区のある空き家にわけあり

記事を読む

『砂漠ダンス』(山下澄人)_書評という名の読書感想文

『砂漠ダンス』山下 澄人 河出文庫 2017年3月30日初版 「砂漠へ行きたいと考えたのはテレビで

記事を読む

『大人になれない』(まさきとしか)_歌子は滅多に語らない。

『大人になれない』まさき としか 幻冬舎文庫 2019年12月5日初版 学校から帰

記事を読む

『千の扉』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『千の扉』柴崎 友香 中公文庫 2020年10月25日初版 五階建ての棟の先には、

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『マッチング』(内田英治)_書評という名の読書感想文

『マッチング』内田 英治 角川ホラー文庫 2024年2月20日 3版

『僕の神様』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『僕の神様』芦沢 央 角川文庫 2024年2月25日 初版発行

『存在のすべてを』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『存在のすべてを』塩田 武士 朝日新聞出版 2024年2月15日第5

『我が産声を聞きに』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『我が産声を聞きに』白石 一文 講談社文庫 2024年2月15日 第

『朱色の化身』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『朱色の化身』塩田 武士 講談社文庫 2024年2月15日第1刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑