『シュガータイム』(小川洋子)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/06
『シュガータイム』(小川洋子), 作家別(あ行), 小川洋子, 書評(さ行)
『シュガータイム』小川 洋子 中公文庫 2022年7月30日21刷発行

三週間ほど前から、わたしは奇妙な日記をつけ始めた - 。春の訪れとともにはじまり、秋の淡い陽射しのなかで終わった、わたしたちのシュガータイム。青春最後の日々を流れる透明な時間を描く、芥川賞作家の初めての長篇小説。(中公文庫)
無礼を承知で 「あとがき」 をほぼ全文、紹介したいと思います。
どんなことがあってもこれだけは、物語にして残しておきたいと願うような何かを、誰でも一つくらいは持っている。それはあまりにも奥深いものである場合が多いので、書き手は臆病になり、いざとなるとどこから手をつけていいのか分からなくなる。そして結局長い時間、それは心の隅に押しやられたままになっていたりする。
幸運にも、わたしには早くチャンスが巡ってきた。連載が始まる時、この “奥深い何か” の正体がどういう形で表出してくるのか、不安でたまらなかった。しかしとにかく、書き始めたからには、勇気を出して言葉を紡いでゆくしかなかった。
わたしがどうしても残しておきたいと願う何かが、読んで下さった方々に少しでも伝わればありがたい。この小説はもしかしたら、満足に熟さないで落ちてしまった、固すぎる木の実のようなものかもしれない。それでも皮の手触りや、小さな丸い形や、青々しい色合いだけでも味わってもらえたらと思う。いずれにしてもこの小説は、わたしがこれから書き進んでゆくうえで、大切な道しるべになるはずだ。(以下略)
小川洋子
小川洋子の小説のファンなら、彼女が書いた作品をそれなりの数読んでいるあなたならば、きっとわかるはずです。『シュガータイム』 が、如何ばかりか若々しい作品だということが。そして気づくはずです。こののち彼女は 「あとがき」 通りに進化したことを。
林真理子の 「解説」 もまた秀逸で、褒めて貶して最後は深く納得させて終わります。曖昧なものは曖昧、無駄なものは無駄だと容赦がありません。
例えば -
小人の弟を自然に受け容れたように、彼女の異様な食欲にも我々はいつしか何の違和感もおぼえなくなる。こうして我々は、小川洋子のつくり上げる異空間へと連れていかれるのである。その空中をさまようのを楽しめばよい。「シュガータイム」 は言ってみれば、ひと夏を中心とした失恋の物語である。若さの象徴のような大学リーグ戦も出てくるが、それも不思議なドームへといつしか変わっていく。
「こんなふうにして、いろいろなことが終わっていくのね」
「わたしたちのシュガータイムにも、終わりがあるっていうことね」
「砂糖菓子みたいにもろいから余計にいとおしくて、でも独り占めにしすぎると胸が苦しくなるの。わたしたちが一緒に過ごした時間って、そういう種類のものじゃないかなあ」という締めくくりは、あきらかに余計である。この最初の長編小説を書いていた頃、小川洋子は自分の “ヘン” にまだ腹をくくっていなかったにちがいない。
長々と書き連ねてきた物語を敢えてまとめて解説するような、書きたかったこと、伝えたかったことの、敢えてする必要のない念押しのような文章は、まるで彼女には似合わない、座り心地の悪いものになっています。
(私のよく知る小川洋子は) そこは意図して、書かないでいるような。いつの時代の、どこの国の話であったとしても、不思議が不思議のまま終わるとしても、それが小川洋子であるような。そんな小説を次々と発表する前の、1991年の頃の作品です。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆小川 洋子
1962年岡山県岡山市生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。
作品 「揚羽蝶が壊れる時」「妊娠カレンダー」「博士の愛した数式」「沈黙博物館」「貴婦人Aの蘇生」「ことり」「ホテル・アイリス」「ブラフマンの埋葬」「ミーナの行進」他多数
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