『往復書簡』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『往復書簡』(湊かなえ), 作家別(ま行), 書評(あ行), 湊かなえ

『往復書簡』湊 かなえ 幻冬舎文庫 2012年8月5日初版

高校教師の敦史は、小学校時代の恩師の依頼で、彼女のかつての教え子六人に会いに行く。六人と先生は二十年前の不幸な事故で繋がっていた。それぞれの空白を手紙で報告する敦史だったが、六人目となかなか会う事ができない(「二十年後の宿題」)。過去の「事件」の真相が、手紙のやりとりで明かされる、感動と驚きに満ちた、書簡形式の連作ミステリ。(幻冬舎文庫)

収録されているのは、①十年後の卒業文集 ②二十年後の宿題 ③十五年後の補習 に加え、ごくごく短い作品 ④一年後の連絡網 の4作品。①②③は、連作というよりもそれぞれが独立した短篇。④は、③のおまけ。

- 余談ですが、②の「二十年後の宿題」は映画『北のカナリアたち』の原案らしく、どうりで巻末には吉永小百合の「文庫化によせて」という一文(というかインタビュー記事)が載せてあります。

で、中で一番パンチが効いているのが③の「十五年後の補習」。優し目がいい方は①②、刺激がないとという方には③がおススメ。

③ 岡野万里子と永田純一の場合

九月十日頃だったと思う。放課後の自転車置き場で、康孝くんが一樹くんに殴られていて、それを二十人くらいの同級生、特に男の子が取り囲んで黙って見ていた。柔道で県の強化選手に選ばれるくらい強い一樹くんが、華奢で本ばかり読んでいる康孝くんを殴り倒して、わき腹を蹴り続けていた。目を覆いたくなるような光景だった。

あなたに声をかけたのは、まずは、わたしの自転車の前にあなたがいたから。そして、あなたならなんとかしてくれるんじゃないかと思ったから。康孝くんや一樹くんと同じ地区に住んでいて、どちらとも仲がよさそうだったので、仲裁してくれるんじゃないかと思ったし、あなたは正しいと思ったことを実行できる人だと思っていたから。そして、わたしがそう思っていることに、気付いてほしかったから。

でも、あなたは止めに入ってくれなかった。

もう、村の学校での授業は始まっていますか? 5×0 = 0 。環境も文化も違う子どもたちに、あなたはそれをどんなふうに教えるのでしょう。どんな数字でも0をかけると答えは0。それをそういうものだとは認識しているけれど、0をかける、とはどういうことなのか正直よくわかりません。全部無しにするってことですか?

そのときピンと閃いた。きみは裸。パンツの数は0枚。では、きみが百人になると、パンツの数はいくつでしょう。答えは0。

ったく、何、バカなことを書いてるんだか。だが、こういうことだ。0をかけるというのは、もともとあるものをなくしてしまうのではなく、もともとないものはいくら集めてもないままだということ。

あの事件にきみの非はない。どれだけ事実を探り集めても、きみの非がないことは変わらない。きみが認めてくれるなら、僕にもないと思いたい。0+0もまた0だ。

国際ボランティア隊に応募したのは、きみから逃れるためだ。派遣国が治安の悪いところだと知ったときは、俺にぴったりじゃないかと笑ってしまったくらいだ。それなのに、まさか、手紙に事件のことを書かれるとは。しかも、うまく嘘をつき通せたと思ったところに、記憶が戻り、予想外の目撃情報だ。

命を奪ったという重い罪に、嘘をかけても、なかったことにはならないということか。0をかけるとはそういうことじゃないと、きみに説明したばかりなのに、僕自身が理解していなかったとは、愚かなものだ。

すべては15年前、中二の二学期のことです。学校の自転車置き場で起きた出来事は、やがて一樹と康孝、二人の運命を大きく変える事態へと繋がってゆきます。それがもとで万里子と純一は、嘘とかりそめの恋とを塗り込めた往復書簡を交わすことになります。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆湊 かなえ
1973年広島県因島市中庄町(現・尾道市因島中庄町)生まれ。
武庫川女子大学家政学部卒業。

作品 「告白」「少女」「贖罪」「Nのために」「夜行観覧車」「望郷」「豆の上で眠る」「境遇」「サファイア」「母性」「絶唱」「リバース」「ユートピア」他多数

関連記事

『入らずの森』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『入らずの森』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2016年12月31日第6刷 陰惨な歴史

記事を読む

『億男』(川村元気)_書評という名の読書感想文

『億男』川村 元気 文春文庫 2018年3月10日第一刷 宝くじで3億円を当てた図書館司書の一男。

記事を読む

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(町田そのこ)_書評という名の読書感想文

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』町田 そのこ 新潮文庫 2021年4月1日発行

記事を読む

『占/URA』(木内昇)_書評という名の読書感想文

『占/URA』木内 昇 新潮文庫 2023年3月1日発行 占いは信じないと思ってい

記事を読む

『いけない』(道尾秀介)_書評という名の読書感想文

『いけない』道尾 秀介 文春文庫 2022年8月10日第1刷 ★ラスト1ページです

記事を読む

『うたかたモザイク』(一穂ミチ)_書評という名の読書感想文

『うたかたモザイク』一穂 ミチ 講談社文庫 2024年11月15日 第1刷発行 祝・直木賞受

記事を読む

『月魚』(三浦しをん)_書評という名の読書感想文

『月魚』三浦 しをん 角川文庫 2004年5月25日初版 古書店 『無窮堂』 の若き当主、真志喜と

記事を読む

『噂』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『噂』荻原 浩 新潮文庫 2018年7月10日31刷 「レインマンが出没して、女の子の足首を切っち

記事を読む

『豆の上で眠る』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『豆の上で眠る』湊 かなえ 新潮文庫 2017年7月1日発行 小学校一年生の時、結衣子の二歳上の姉

記事を読む

『うどん陣営の受難』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『うどん陣営の受難』津村 記久子 U - NEXT 2023年8月25日 第2刷発行 100

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ついでにジェントルメン』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『ついでにジェントルメン』柚木 麻子 文春文庫 2025年1月10日

『逃亡』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『逃亡』吉村 昭 文春文庫 2023年12月15日 新装版第3刷

『対馬の海に沈む』 (窪田新之助)_書評という名の読書感想文

『対馬の海に沈む』 窪田 新之助 集英社 2024年12月10日 第

『うたかたモザイク』(一穂ミチ)_書評という名の読書感想文

『うたかたモザイク』一穂 ミチ 講談社文庫 2024年11月15日

『友が、消えた』(金城一紀)_書評という名の読書感想文

『友が、消えた』金城 一紀 角川書店 2024年12月16日 初版発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑