『往復書簡』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
『往復書簡』(湊かなえ), 作家別(ま行), 書評(あ行), 湊かなえ
『往復書簡』湊 かなえ 幻冬舎文庫 2012年8月5日初版
高校教師の敦史は、小学校時代の恩師の依頼で、彼女のかつての教え子六人に会いに行く。六人と先生は二十年前の不幸な事故で繋がっていた。それぞれの空白を手紙で報告する敦史だったが、六人目となかなか会う事ができない(「二十年後の宿題」)。過去の「事件」の真相が、手紙のやりとりで明かされる、感動と驚きに満ちた、書簡形式の連作ミステリ。(幻冬舎文庫)
収録されているのは、①十年後の卒業文集 ②二十年後の宿題 ③十五年後の補習 に加え、ごくごく短い作品 ④一年後の連絡網 の4作品。①②③は、連作というよりもそれぞれが独立した短篇。④は、③のおまけ。
- 余談ですが、②の「二十年後の宿題」は映画『北のカナリアたち』の原案らしく、どうりで巻末には吉永小百合の「文庫化によせて」という一文(というかインタビュー記事)が載せてあります。
で、中で一番パンチが効いているのが③の「十五年後の補習」。優し目がいい方は①②、刺激がないとという方には③がおススメ。
③ 岡野万里子と永田純一の場合
♀ 九月十日頃だったと思う。放課後の自転車置き場で、康孝くんが一樹くんに殴られていて、それを二十人くらいの同級生、特に男の子が取り囲んで黙って見ていた。柔道で県の強化選手に選ばれるくらい強い一樹くんが、華奢で本ばかり読んでいる康孝くんを殴り倒して、わき腹を蹴り続けていた。目を覆いたくなるような光景だった。
あなたに声をかけたのは、まずは、わたしの自転車の前にあなたがいたから。そして、あなたならなんとかしてくれるんじゃないかと思ったから。康孝くんや一樹くんと同じ地区に住んでいて、どちらとも仲がよさそうだったので、仲裁してくれるんじゃないかと思ったし、あなたは正しいと思ったことを実行できる人だと思っていたから。そして、わたしがそう思っていることに、気付いてほしかったから。
でも、あなたは止めに入ってくれなかった。
もう、村の学校での授業は始まっていますか? 5×0 = 0 。環境も文化も違う子どもたちに、あなたはそれをどんなふうに教えるのでしょう。どんな数字でも0をかけると答えは0。それをそういうものだとは認識しているけれど、0をかける、とはどういうことなのか正直よくわかりません。全部無しにするってことですか?
♂ そのときピンと閃いた。きみは裸。パンツの数は0枚。では、きみが百人になると、パンツの数はいくつでしょう。答えは0。
ったく、何、バカなことを書いてるんだか。だが、こういうことだ。0をかけるというのは、もともとあるものをなくしてしまうのではなく、もともとないものはいくら集めてもないままだということ。
あの事件にきみの非はない。どれだけ事実を探り集めても、きみの非がないことは変わらない。きみが認めてくれるなら、僕にもないと思いたい。0+0もまた0だ。
♂ 国際ボランティア隊に応募したのは、きみから逃れるためだ。派遣国が治安の悪いところだと知ったときは、俺にぴったりじゃないかと笑ってしまったくらいだ。それなのに、まさか、手紙に事件のことを書かれるとは。しかも、うまく嘘をつき通せたと思ったところに、記憶が戻り、予想外の目撃情報だ。
命を奪ったという重い罪に、嘘をかけても、なかったことにはならないということか。0をかけるとはそういうことじゃないと、きみに説明したばかりなのに、僕自身が理解していなかったとは、愚かなものだ。
すべては15年前、中二の二学期のことです。学校の自転車置き場で起きた出来事は、やがて一樹と康孝、二人の運命を大きく変える事態へと繋がってゆきます。それがもとで万里子と純一は、嘘とかりそめの恋とを塗り込めた往復書簡を交わすことになります。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆湊 かなえ
1973年広島県因島市中庄町(現・尾道市因島中庄町)生まれ。
武庫川女子大学家政学部卒業。
作品 「告白」「少女」「贖罪」「Nのために」「夜行観覧車」「望郷」「豆の上で眠る」「境遇」「サファイア」「母性」「絶唱」「リバース」「ユートピア」他多数
関連記事
-
-
『月魚』(三浦しをん)_書評という名の読書感想文
『月魚』三浦 しをん 角川文庫 2004年5月25日初版 月魚 (角川文庫) 古書店 『無窮
-
-
『貞子』(牧野修)_書評という名の読書感想文
『貞子』牧野 修 角川ホラー文庫 2019年4月29日初版 貞子 (角川ホラー文庫)
-
-
『葦の浮船 新装版』(松本清張)_書評という名の読書感想文
『葦の浮船 新装版』松本 清張 角川文庫 2021年6月25日改版初版発行 葦の浮船 新装版
-
-
『みんな邪魔』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文
『みんな邪魔』真梨 幸子 幻冬舎文庫 2011年12月10日初版 みんな邪魔 (幻冬舎文庫)
-
-
『あのひと/傑作随想41編』(新潮文庫編集部)_書評という名の読書感想文
『あのひと/傑作随想41編』新潮文庫編集部 新潮文庫 2015年1月1日発行 あのひと: 傑作
-
-
『羊と鋼の森』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文
『羊と鋼の森』宮下 奈都 文春文庫 2018年2月10日第一刷 羊と鋼の森 (文春文庫) 高
-
-
『ポイズンドーター・ホーリーマザー』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文
『ポイズンドーター・ホーリーマザー』湊 かなえ 光文社文庫 2018年8月20日第一刷 ポイズ
-
-
『ボクたちはみんな大人になれなかった』(燃え殻)_書評という名の読書感想文
『ボクたちはみんな大人になれなかった』燃え殻 新潮文庫 2018年12月1日発行 ボクたちは
-
-
『絵が殺した』(黒川博行)_書評という名の読書感想文
『絵が殺した』黒川 博行 創元推理文庫 2004年9月30日初版 絵が殺した (創元推理文庫)
-
-
『出身成分』(松岡圭祐)_書評という名の読書感想文
『出身成分』松岡 圭祐 角川文庫 2022年1月25日初版 出身成分 (角川文庫) 貴