『エイジ』(重松清)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2021/04/11 『エイジ』(重松清), 作家別(さ行), 書評(あ行), 重松清

『エイジ』重松 清 新潮文庫 2004年7月1日発行


エイジ (新潮文庫)

 

重松清の小説が嫌いだと言う人はあまりいないと思います。
特にこの人と同年輩の読者は、特別好きではなくても、重松清が伝えようとするものには大いに納得し、感動もします。それは、同じ時代を生きてきた人間だからこそ分かる色合いや匂いを世代を代表して語ってくれているからだと思います。

こんな一節があります。
「今夜の夕食はサバの味噌煮、大根とホタテ貝のサラダ、けんちん汁。好きなおかずはなにもない。ゆうべの残り物のカレーが小鉢に入っていたので、それをメインに食べることにした。」
中学生のエイジは、母親の献立を眺めてこんな風に思います。本編には関係ないのですが、こんなのを読むと気持ちが一気に中学生の頃に舞い戻るのは私だけでしょうか。私は質素な田舎育ちですから、ホタテ貝の入ったサラダなど見たこともありませんでしたし、その分カレーはなおご馳走でした。鶏肉がちょこっと印のように入ったカレーの残りを、次の朝惜しむように食べていたものです。

この小説の主人公・エイジがもし重松清自身の中学時代を模しているなら、時代は1977年ということになります。77年と言えば巨人の王貞治が対ヤクルト戦でホームランの世界新記録となる756号を打った年です。翌年には、世間をあっと言わせた江川卓の「空白の一日」がありました。人気アイドルグループのキャンディーズが解散し、インベーダーゲームが大流行して100円硬貨が不足する事態にまでなったのでした。

エイジは14歳、東京郊外の桜ヶ丘ニュータウンにある中学校の2年生。
夏休み前に発生した連続通り魔事件は、8月には20件を超えるまでになっていました。町は事件の話で持ち切りで、二学期が始まったエイジのクラスでも根も葉もないうわさ話が絶えません。

10月に入ったある日、とうとう犯人が捕まりますが、何とそれはエイジの同級生でクラスメイトの石川貴史ことタカやんでした。タカやんはクラスで目立つような存在ではありません。改めてどんな奴だったのかを思い出そうとしても、具体的な像にはならないほどの存在で、同級生たちはタカやんがした動機が何一つ思い浮かびません。

クラスは浮き足立ち、学校は激しい取材攻勢の対応に追われます。先生たちは事件のことについてはっきり説明しません。ただ気をつけろと言うだけで、タカやんの名前すら言いません。エイジは周囲の反応に翻弄され、自分の気持ちをつかみあぐねています。

エイジはタカやんのことを「かわいそう」だとは思っていません。しかし、被害者の手記に書かれていたように「許さない」とも思っていません。エイジの気持ちはちょうどその中間にあるのですが、それをどんな言葉で言えばいいのか分かりせん。

小説に描かれているエイジは、模範的な優等生です。クラス委員を決める選挙ではダントツで勉強のできるタモツくんに次いで2位、バスケのクラブでは次期キャプテン候補でした。タモツくん曰く、エイジは健康優良児ならぬ「精神優良児」なのでした。

「精神優良児」であるが故に、エイジは悩みます。
大好きなバスケができせん。成長期の男子に多い「オスグッド・シュラッター病」を患い、膝の痛みでプレーできなくなり、現在は休部状態です。岡野とのペアは鉄壁でしたが、今は遠ざけてばかりいます。バスケも岡野も好きなのに、なぜか素直になれません。

相沢志穂は小柄で、ちょっと太めの、丸顔のショートヘアの同級生です。エイジは志穂がなるので、自分も福祉委員になります。エイジは志穂のことが好きでした。しかし、志穂にその気はなく、後輩の女子を紹介されてしまうのでした。

エイジの父は都立高校の教師、母と高校生の姉の4人家族です。両親は大学の同級生で、熱烈な恋愛の末に結婚し、42歳の今も仲の良い夫婦です。かつて父はサザンに憧れ、母親はユーミンなら全て歌える人でした。
どこからみても円満すぎるくらいの家庭ですが、エイジは時々それが作り物めいてみえることがあります。わざとらしさに同調できずに、冷やかな態度を取ってしまうことがあります。

通り魔事件、友だちや家族、好意を寄せる女子への思いなどを通して、一人の少年が少しずつ成長して行きます。小学生の幼さは消え、高校生の生臭さにはまだ少し時間があり、感じてはいるけれどそれを正確に伝える言葉や行為が見つけ出せずにいる。そんなエイジの「戸惑い」が、手に取るように分かります。エイジはまだ、中学生なのです。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


エイジ (新潮文庫)

◆重松 清

1963年岡山県津山市生まれ。
早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。角川書店の編集者として勤務後、執筆活動に入る。

作品「ナイフ」「定年ゴジラ」「カカシの夏休み」「ビタミンF」「十字架」「流星ワゴン」「疾走」「カシオペアの丘で」「あすなろ三三七拍子」「星のかけら」「ゼツメツ少年」他多数

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
おかげさまでランキング上位が近づいてきました!嬉しい限りです!
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『ヒーローインタビュー』(坂井希久子)_書評という名の読書感想文

『ヒーローインタビュー』坂井 希久子 角川春樹事務所 2015年6月18日初版 ヒーローインタ

記事を読む

『ブルース』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『ブルース』桜木 紫乃 文芸春秋 2014年12月5日第一刷 ブルース 昨年12月に出た桜木紫乃

記事を読む

『寝ても覚めても』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『寝ても覚めても』柴崎 友香 河出文庫 2014年5月20日初版 寝ても覚めても (河出文庫)

記事を読む

『夫のちんぽが入らない』(こだま)_書評という名の読書感想文

『夫のちんぽが入らない』こだま 講談社文庫 2018年9月14日第一刷 夫のちんぽが入らない

記事を読む

『男ともだち』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『男ともだち』千早 茜 文春文庫 2017年3月10日第一刷 男ともだち (文春文庫) 29

記事を読む

『罪の声』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『罪の声』塩田 武士 講談社 2016年8月1日第一刷 罪の声 多くの謎を残したまま未解決と

記事を読む

『十字架』(重松清)_書評という名の読書感想文

『十字架』重松 清 講談社文庫 2012年12月14日第一刷 十字架 (講談社文庫) &

記事を読む

『硝子の葦』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『硝子の葦』桜木 紫乃 新潮文庫 2014年6月1日発行 硝子の葦 (新潮文庫) &nb

記事を読む

『この世の全部を敵に回して』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『この世の全部を敵に回して』白石 一文 小学館文庫 2012年4月11日初版 この世の全部を敵

記事を読む

『往復書簡』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『往復書簡』湊 かなえ 幻冬舎文庫 2012年8月5日初版 往復書簡 (幻冬舎文庫) 高校教

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『おもかげ』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『おもかげ』浅田 次郎 講談社文庫 2021年2月17日第4刷発行

『ぼくがきみを殺すまで』(あさのあつこ)_書評という名の読書感想文

『ぼくがきみを殺すまで』あさの あつこ 朝日文庫 2021年3月30

『52ヘルツのクジラたち』(町田そのこ)_書評という名の読書感想文

『52ヘルツのクジラたち』町田 そのこ 中央公論新社 2021年4月

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(町田そのこ)_書評という名の読書感想文

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』町田 そのこ 新潮文庫 2021年

『リバース&リバース』(奥田亜希子)_書評という名の読書感想文

『リバース&リバース』奥田 亜希子 新潮文庫 2021年4月1日発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑