『クジラの彼』(有川浩)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『クジラの彼』(有川浩), 作家別(あ行), 書評(か行), 有川浩

『クジラの彼』有川 浩 角川文庫 2010年6月25日初版

有川浩の作品群の内訳からいうと「自衛隊ラブコメシリーズ」になるらしい。そして、彼女はベタ甘ラブロマ好きの、いい年をした大人らしい。全然知らなかった。長い間、男の人か女の人かさえはっきりしないままやり過ごしていました。スミマセン。

『県庁おもてなし課』はすごくよかったし、『フリーター、家を買う。』も『空飛ぶ広報室』だって読んでいます。地元だから『阪急電車』もちゃんと書棚にはあるのに、今一全体像が掴めないまま、間隔を空けてぽつりぽつりと読んでたみたいな作家さんなのです。

思うに、やっぱり「男前でかわいい彼女たちの6つの恋。有川浩がおくる制服ラブコメシリーズ第1弾!!」などと真正面から直球でこられると、いい加減人生に疲れているおじさんにはキツくて、つい目を逸らしてしまうのです。「制服ラブコメシリーズ」の制服って、女子高生のセーラー服想像してるもんね、自慢じゃないけど。
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思いきって買って、読んでみてよかった。有川浩が好きな女性作家の上位にランキングされるのも納得だし、ドラマになったり映画化されるのも頷けます。特に女性の読者は、小説に登場するヒロインたちの「男前」なところに自分を重ねながら読むんでしょうね。

第二話の「ロールアウト」が、私は大変気に入りました。航空設計士としてK重工に勤める宮田絵里という女性と受注先の航空自衛隊の幹部自衛官・高科との馴れ初めの話なのですが、二人の縁を取り持ったのは「トイレ」でした。これが、すごくいい。

高科は自衛隊側の案内役で、感情を表に出さないいかにも優等生らしい生真面目な男性です。同世代とはいえ、絵里は高科に気後れを感じています。現行機を検分するために案内役の高科がドアを開けた先は、何と男子トイレでした。トイレが通路になっていたのです。

タイル張りの壁には小用便器がずらりと並び、奥には個室がこれまたずらりと並んでいます。その突き当りのドアの先が目的の格納庫に繋がっているのでした。高科はしれっと、ここを通れというのです。絵里は混乱し動揺しますが、他は男性ばかりで平気な様子です。
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高科が一番先に要望したのは、トイレについてでした。航空機の新規開発前、仕様の統一を図るためのヒアリング時のことです。今までの簡易トイレをカーテンで仕切ったものから、コンパートメント式に替えて欲しいというのです。

トイレのコンパートメント化は乗員の第一希望で、高科は主張を譲りません。会社の意向はまるで逆、自衛隊の上層部も意見はバラバラです。なぜ高科がそこまでトイレに拘るのか本心では理解できない絵里を、高科は一番古い機体へ連れて行きます。

コックピットのすぐ近くに、カーテンで間仕切りされたトイレはありました。そこへ入らされた絵里に向かって、カーテン越しの高科は「あんた、今そこでパンツ下せるか」と言います。「パンツ下してケツ出して気張れるつもりで作ったんだろう」と言う高科に、絵里は何も返せません。カーテン越しの僅かな息さえ届く劣悪の環境で、乗務員は毎日用を足している。それを設計したのは、他でもない絵里たちメーカーなのでした。

航空機内のトイレ仕様の変更にはこだわるくせに、構内の男子トイレを通路にしていることには相変わらず無頓着な高科でしたが、このあと遂に絵里はキレます。同じトイレを別物扱いする高科の矛盾をついて、男性が用を足している横を女性が平気で歩けるわけがないことを滔々と言い募る絵里でした。
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その後一計を案じた高科は、K重工の管理職とサニタリーチームを呼び出し、そこへ輸送機ごと現れて、カーテン式トイレで実際に用を足してみろと迫るのです。カーテンの外、たった65センチ先に人の気配がするところで、あなたなら平気で用が足せますか?

絵里だけは、高科の企みに気付いていたことは言うまでもありません。絵里もそうなら、高科もすがすがしい。確かに絵里は、男前でかわいい女性です。さらに、絵里はとても頭がいいのに、嫌味がなーんにもない。

これがベタ甘の話なのかどうかはよく分かりません。最近めっきり若い女性と話す機会が少なくなったおじさんとしては、やや色気のない話のように感じるわけですが、こんなこと言ったら絵里ちゃんへの間接的なセクハラになるのかなぁ、やっぱり。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆有川 浩
1972年高知県高知市生まれ。

作品 「図書館戦争」シリーズ、「植物図鑑」「キケン」「県庁おもてなし課」「フリーター、家を買う。」「三匹のおっさん」「阪急電車」「ラブコメ今昔」「海の底」他多数

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