『相棒に気をつけろ』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『相棒に気をつけろ』(逢坂剛), 作家別(あ行), 書評(あ行), 逢坂剛

『相棒に気をつけろ』逢坂 剛 集英社文庫 2015年9月25日第一刷

世間師【せけんし】- 世情に通じて、巧みに世渡りする人。世なれて悪賢い人。(「広辞苑」第六版)訪問販売の傍らで、あくどい商売人から金を掠め取る〈世間師〉の男。名前の数は仕事の数。あるとき彼が出会った美形の女性、四面堂遥(しめんどうはるか)は一筋縄ではいかない食わせ者だった!? ひょんなことからコンビを組んだ2人は、痴漢や地上げ屋を相手に罠を仕掛ける! コン・ゲーム小説の金字塔。(集英社文庫解説より)

今や、逢坂剛と言えばドラマの『MOZU』が有名になりすぎて、書店で見かけるのは《百舌》シリーズの文庫本ばかり、他の作品がめっきり影を潜めて少々寂しい思いをしていたのですが、久しぶりに《世間師》シリーズが文庫化されて発売されました。

このシリーズは、解説にもあるように「コン・ゲーム」を題材にした作品集です。「con game」=(confidence game の略)、相手を信用させて詐欺をはたらくこと。策略により騙したり騙されたり、ゲームのように話が二転三転するミステリーのことを言います。

断っておきますが、『MOZU』で味わったような緊迫感や過激なシーンは間違っても期待しないでください。妻を殺した犯人を見つけ出そうとひたすらもがく西島秀俊のような、寡黙でストイックな人物などは、どこを探しても登場しません。

登場するのは、七色の名前を持つ(つまり本当の名前が分からない)いかにもいかがわしい男と、さらにその男の上を行くような怪しげな女です。男は正体不明の〈名無し男〉、女も正体不明ですが、とりあえずの名前は〈四面堂遥〉ということにしておきましょう。

男は、麹町郵便局の裏手にあるマグノリアビルと称する小さなビルの6階に事務所を構えています。事務所の名前は「九段南事務所」- ビルの所在地の町名から取ったものか、それとも姓が九段で名が南の個人名なのか分からない、わざとややこしい名前にしています。

すぐ下の5階には、〈ハローサービス〉という電話応答サービスの会社があります。九段南事務所は、この電話応答代行会社に複数の個別番号契約をしています。例えば、〈マイクロハード〉の青柳、〈和洋フードサービス〉の紺野、〈九段オフィスサプライ〉の白井、

他にも〈ポスティングZ〉の赤塚、〈エディットU〉の茶野木等々、会社ごとに「色分け」された名義人が何人も登録されているのですが、事務所で実際に対応するのは同一人物、つまり事務所の主である〈名無し男〉ただ一人という仕掛けになっています。

一方の四面堂遥ですが、男が初めて出会ったときの印象はこんな感じです。

黄色いスーツを着て、髪を金色と茶色のまだら染めにした、太った女だった。太ってはいるが、ウエストが蜜蜂のようにくびれており、足首もふくらはぎのみごとな肉づきに比べて、むしろ華奢に見えるほど締まっている。金色のハイヒールは、今どきあまりはやらないかかとの高いタイプで、今にも折れそうなくらい細い。

男はいわゆる〈裏ビデオ〉の訪問販売中(多少時代がかってはいますが、これが冒頭のシーンです。端からいかがわしさがお分かりいただけると思います! )なのですが、たまたま服地の卸問屋だと名乗る男に呼び止められて、高い生地を売付けられようとしています。

それを遠目で見ているのが、四面堂遥です。買う買わないの押し問答をしていると、いつの間にか彼女が後ろに立っています。男は、太った女にさほど興味がありません。なので、さっきはよく顔を見なかったのですが、正面から向き合うとこれがなかなかの美人です。

軽く口紅をさした程度の薄化粧で、年は30少し前といったところ、ちょっと古いのですが、テレビの「X-ファイル」の、ジリアン・アンダースンを想像してもらえば、まあ間違いあるまい・・・って、滅茶苦茶美人だということじゃないですか!!

ま、容姿のことは別にして、四面堂遥はあこぎな手口に我慢ができずに、男を助けるために近寄ってきたわけですが、実はこれが男にとっては大きなおせっかいだったのです。男は端から騙されるふりをして、最後は騙し返して儲けようという算段だったのです。

結果的に男の企みは成功します。卸問屋の男の財布をまるごと手に入れて、事務所へ戻ったところまではよかったのです。

ところが、そのあとがいけません。アドバイスを聞こうとせず、男があくまで生地を買おうとするのに腹を立てた揚句にどこかへ消えたはずの四面堂遥が、九段の事務所へ乗り込んで来たのです。抗えない理屈を並べ立て、私の分け前をよこせと言って譲らないのです。

詳細は本編に委ねますが、要は、男よりも四面堂遥の方がはるかに上手だということです。彼女は、自分のことを〈世間師〉だと言います。

世間師とは「世情に通じていて、世渡りのうまい人間のこと」- それは職業とは言わないと思う、と男が言うと、彼女は「だったら、職業にすればいいのよ。あなたと組んだら、うまくお金もうけができるかもしれないわ」- そう言って、うまそうにビールを飲みます。

※ 一つお断りですが、ここでは四面堂遥はあくまで〈四面堂遥〉で通していますが、小説はそうではありません。〈名無し男〉は、出会った早々から彼女のことを〈ジリアン〉と呼んでいます。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆逢坂 剛
1943年東京都文京区生まれ。
中央大学法学部法律学科卒業。卒業後は、博報堂に勤務しながら執筆活動。約17年後に退職、専業作家となる。

作品 「カディスの赤い星」「屠殺者よグラナダに死ね」「百舌シリーズ」「岡坂伸策シリーズ」「御茶ノ水警察署シリーズ」「イベリアシリーズ」「禿鷹シリーズ」他多数

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