『おもかげ』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/07 『おもかげ』(浅田次郎), 作家別(あ行), 書評(あ行), 浅田次郎

『おもかげ』浅田 次郎 講談社文庫 2021年2月17日第4刷発行

孤独の中で育ち、温かな家庭を築き、定年の日の帰りに地下鉄で倒れた男。切なすぎる愛と奇跡の物語。

エリート会社員として定年まで勤め上げた竹脇は、送迎会の帰りに地下鉄で倒れ意識を失う。家族や友が次々に見舞いに訪れる中、竹脇の心は外へとさまよい出し、忘れていたさまざまな記憶が呼び起こされる。孤独な幼少期、幼くして亡くした息子、そして・・・・・・・。涙なくして読めない至高の最終章。著者会心の傑作。(講談社文庫)

たまにではありますが、最近私は、浅田次郎の本を読みたいと思うようになりました。何があったわけではありません。歳のせいではないかと思っています。

国立一期の大学を卒業し、大手の商社に就職した竹脇正一は、44年の勤務の後、関連会社の役員として定年を迎えます。送別会が催されたのは12月16日で、彼の65回目の誕生日の翌日、すなわち定年退職日の翌々日のことでした。

後輩たちに送り出された帰り途、彼は - タクシーを使えばよかったものを、敢えて乗った - 地下鉄の車内で倒れてしまいます。意識不明の重体となり、たくさんのチューブに繋がれて、生死の境を彷徨うことになります。

その病床でのつかの間、彼は思いもしない体験をします。夢か幻か、忘れていた記憶が鮮明に甦り、体ごと前の時代へ戻ることになります。

さて。

人の一生というのは、見た目 (外から他人が見た) だけではわかりません。今現在が何不自由のない暮らしであったとしても、過去がどうだっかはわかりません。生きてみて、どんな感慨を持ったかは人それぞれで、結局当人にしか知り得ないことだと思います。

生まれてきたのが運命で、自分ではどうしようもないことがありました。難なく就職できたのは、つまりは、時代のおかげだったのかもしれません。恨みに思うことは山ほどありました。毎日が精一杯で、顧みる余裕もなく年を取り、悔いばかりが残るあれやこれやは・・・・・・・・

彼と彼の妻・節子の場合が、そうでした。

僕は親を知らなかった。節子には幼いころに両親が離婚して、なおかつそれぞれが再婚してしまったという事情があった。だが、たがいに身の上話をした記憶はない。不要な詮索をしなかったのだと思う。

節子の戸籍は複雑だがわかりやすかった。ずいぶん前に生母が除籍され、すぐに継母が入籍し、三人の弟妹が生まれていた。そのうえ生母まで再婚して子供をもうけたのなら、節子の居場所はどこにもないはずだった。

それに引きかえ、僕の戸籍は至ってシンプルだった。いったいどこに、これほど空白だらけの戸籍謄本があるだろう。

本籍地は養護施設の所在地である。次の欄には、棄児発見調書なるものの提出された日付が記載されている。つまりどこの誰ともわからぬ僕は、その調書に順って新しい戸籍を持った。昭和26年12月15日という誕生日は推定である。父母の名は空欄。続柄には 長男とあるが、根拠はあるまい。(本文より/一部割愛)

「竹脇正一」 という名前は、施設に引き取られた後、半ば思いつきで付けられたものでした。彼は自分の出自の何一つも知りません。竹脇にとってとりわけ切実だったのは、自分を棄てた母のことでした。一番憎いはずの母を、結局は、彼は誰より欲しています。

そして、もう一つ。夫婦は、最初の子どもを幼い頃に亡くしています。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆浅田 次郎
1951年東京都中野区生まれ。
中央大学杉並高等学校卒業。

作品 「地下鉄に乗って」「鉄道員」「壬生義士伝」「お腹召しませ」「中原の虹」「帰郷」「獅子吼」他多数

関連記事

『あのこは貴族』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『あのこは貴族』山内 マリコ 集英社文庫 2019年5月25日第1刷 TOKYO

記事を読む

『月の上の観覧車』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『月の上の観覧車』荻原 浩 新潮文庫 2014年3月1日発行 本書『月の上の観覧車』は著者5作目

記事を読む

『夏と花火と私の死体』(乙一)_書評という名の読書感想文

『夏と花火と私の死体』乙一 集英社文庫 2000年5月25日第一刷 九歳の夏休み、少女は殺され

記事を読む

『 i (アイ)』(西加奈子)_西加奈子の新たなる代表作

『 i (アイ)』西 加奈子 ポプラ文庫 2019年11月5日第1刷 『サラバ!

記事を読む

『暗いところで待ち合わせ』(乙一)_書評という名の読書感想文

『暗いところで待ち合わせ』 乙一 幻冬舎文庫 2002年4月25日初版 視力をなくし、独り静か

記事を読む

『墓標なき街』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『墓標なき街』逢坂 剛 集英社文庫 2018年2月25日初版 知る人ぞ知る、あの <百舌シ

記事を読む

『その話は今日はやめておきましょう』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『その話は今日はやめておきましょう』井上 荒野 毎日新聞出版 2018年5月25日発行 定年後の誤

記事を読む

『お引っ越し』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『お引っ越し』真梨 幸子 角川文庫 2017年11月25日初版 内見したマンションはおしゃれな街の

記事を読む

『世にも奇妙な君物語』(朝井リョウ)_書評という名の読書感想文

『世にも奇妙な君物語』朝井 リョウ 講談社文庫 2018年11月15日第一刷 彼は子

記事を読む

『天国までの百マイル 新装版』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『天国までの百マイル 新装版』浅田 次郎 朝日文庫 2021年4月30日第1刷 不

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑