『 i (アイ)』(西加奈子)_西加奈子の新たなる代表作

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『 i (アイ)』(西加奈子), 作家別(な行), 書評(あ行), 西加奈子

『 i (アイ)』西 加奈子 ポプラ文庫 2019年11月5日第1刷

サラバ! 』 (直木賞受賞から2年、西加奈子が全身全霊で現代いまに挑む衝撃作!

この世界にアイは存在しません。
入学式の翌日、数学教師は言った。ひとりだけ、え、と声を出した。
ワイルド曽田アイ。
その言葉は、アイに衝撃を与え、彼女の胸に居座り続けることになる。ある奇跡が起こるまでは - 。

想うことで生まれる圧倒的な強さと優しさ - 直木賞作家・西加奈子の渾身の叫びに心揺さぶられる傑作長編。(「BOOK」データベースより)

i とは、虚数のことである。実数ではない複素数、i はその代表的な虚数単位であるらしい。ところが、最初アイは勘違いした。(一瞬ではあるが) 自分のことを言われたような。そんな気がして、思わず声が出たのだった。

主人公の名前はワイルド曽田アイ、1988年生まれ。赤ん坊の頃にシリアからニューヨークにわたりダニエルと綾子夫婦の養子となった。小学6年生の時に父の転勤により来日。現在高校生の彼女はずっと、自分の恵まれた環境に罪悪感をおぼえている。選ばれた自分がいるということは、選ばれなかった誰かがいるということだ、と。(ポプラ社/『i』 刊行記念 西加奈子インタビューより)

この、アイの抱える葛藤は思いのほか根が深い。想像以上に繊細で、同情することすらままならない。ダニエルと綾子の愛を一身に受けながら、もしも二人の間に子供ができたらと - その考えは長い間彼女を苦しめる。アイは二人に怒られたことがない。

閑話休題。

アイの日常とは裏腹に、今、世界は混沌に満ちている。9・11以降、アイは死者を数えるようになる。大きな事故や事件のメモを取り、死んだ人の数を足してゆく。

・12月26日、インドネシアのスマトラ島沖でマグニチュード9.1の地震が起こった。地震の被害は甚大で、インド洋沿岸諸国を津波が襲った。その結果12ヵ国で2.2万人以上が死亡し、被災者は数百万人に及んだ。
・2005年3月29日、スマトラ島の西方で再び地震が発生した。今度はマグニチュード8.7、ニアス島という島を中心に、犠牲者はおよそ2000人に及んだ。
・7月7日、イギリス・ロンドンの地下鉄や路線バスなどで爆破テロが起こった。実行犯はアルカイダ系組織のメンバーで、死者は56人に及んだ。
・同じ7月23日には、エジプト、シャルム・エル・シェイクのホテルなどでやはりアルカイダ系組織による同時爆弾テロが発生した。死者は83名だった。等々。

アイは17歳になっていた。
2007年、アイは国立大学の理工学部数学科に合格する。彼女は好きな男性と付き合ったことがない。未だ彼女は、処女である。

大学院の1年目はあっという間に過ぎた。

ハイチの地震については、能動的に情報を集めないと知ることが出来なくなった。北アフリカ・中東ではアラブの春と呼ばれる革命が起こり、競って民主化の波が押し寄せていた。
だが、3月に入って事態は一変する。ヨルダンとの国境に接する南部の街ダラアで、中学生たちが壁に反政府の落書きをした。子どもの悪戯だったが、治安当局がただちに出動し、子どもたちを捜し出して逮捕した。それがやがて大きなデモを生み、長く続くシリアの騒乱の発端となった。
シリアでのこの騒乱がやがて内戦と呼ばれ、信じられない数の悲劇を生むことを、そのときのアイはまだ知らなかった。

(それから進むこと約150ページ。いよいよこの物語のクライマックスの、やや手前)

その日、ハンガリーに近いオーストリア東部ブルゲンラントの高速道路で、停車していた保冷車から子ども4人を含む71人の遺体が発見された。同日、リビア沖の地中海で、難民を乗せてイタリアを目指していた密航船が沈没し、200人以上が死亡した。

そしてその1週間後、トルコの海岸でひとりの男児の遺体が発見された。
シリアのコバニからトルコに渡り、ボドルムからギリシャのコス島を目指すボートに乗っていた難民だった。航行の途中で船が転覆し、彼は5歳の兄とともに溺死し、3年の生涯を閉じた。
彼の名はアイラン・クルディ。

アイはその後繰り返し、祈りを胸に、彼の名を呼ぶことになる。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆西 加奈子
1977年イラン、テヘラン生まれ。エジプト、大阪府堺市育ち。
関西大学法学部卒業。

作品 「あおい」「さくら」「うつくしい人」「窓の魚」「円卓」「漁港の肉子ちゃん」「きりこについて」「ふくわらい」「通天閣」「炎上する君」「サラバ!」他多数

関連記事

『ふたたび嗤う淑女』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『ふたたび嗤う淑女』中山 七里 実業之日本社文庫 2021年8月15日初版第1刷

記事を読む

『女ともだち』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『女ともだち』真梨 幸子 講談社文庫 2012年1月17日第一刷 「その事件は、実に不可解で

記事を読む

『ヒポクラテスの試練』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『ヒポクラテスの試練』中山 七里 祥伝社文庫 2021年12月20日初版第1刷 自

記事を読む

『問いのない答え』(長嶋有)_書評という名の読書感想文

『問いのない答え』長嶋 有 文春文庫 2016年7月10日第一刷 何をしていましたか? ツイッター

記事を読む

『暗幕のゲルニカ』(原田マハ)_書評という名の読書感想文

『暗幕のゲルニカ』原田 マハ 新潮文庫 2018年7月1日発行 反戦のシンボルにして20世紀を代表

記事を読む

『絵が殺した』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『絵が殺した』黒川 博行 創元推理文庫 2004年9月30日初版 富田林市佐備の竹林。竹の子採り

記事を読む

『八月六日上々天氣』(長野まゆみ)_書評という名の読書感想文

『八月六日上々天氣』長野 まゆみ 河出文庫 2011年7月10日初版 昭和20年8月6日、広島は雲

記事を読む

『受け月』(伊集院静)_書評という名の読書感想文

『受け月』伊集院 静 文春文庫 2023年12月20日 第18刷 追悼 伊集院静  感動の直

記事を読む

『雨の中の涙のように』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『雨の中の涙のように』遠田 潤子 光文社文庫 2023年8月20日初版第1刷発行

記事を読む

『インドラネット』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『インドラネット』桐野 夏生 角川文庫 2024年7月25日 初版発行 闇のその奥へと誘う

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『踊る男/木部美智子シリーズ』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『踊る男/木部美智子シリーズ』望月 諒子 新潮社 2026年1月30

『私のことだま漂流記』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『私のことだま漂流記』山田 詠美 講談社文庫 2025年9月12日

『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬)_書評という名の読書感想文

『同志少女よ、敵を撃て』逢坂 冬馬 ハヤカワ文庫 2025年8月15

『介護者D』 (河﨑秋子)_書評という名の読書感想文

『介護者D』 河﨑 秋子 朝日文庫 2025年11月30日 第1刷発

『曾根崎心中/新装版』(角田光代 原作 近松門左衛門)_書評という名の読書感想文

『曾根崎心中/新装版』角田 光代 原作 近松門左衛門 リトルモア 2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑