『嵐のピクニック』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文

『嵐のピクニック』本谷 有希子 講談社文庫 2015年5月15日第一刷


嵐のピクニック (講談社文庫)

 

第7回(2013年)大江健三郎賞受賞作。

「アウトサイド」-[優しいピアノ教師が見せた一瞬の狂気]
ある日、「私」がいつものようにお菓子の油がついたままのギトギトした指で、耳障りな音を鳴らしていたら、先生が立ち上がって小さな筆箱から1本の鉛筆を取り出した。

先生は「あっちゃんは鍵盤を触るとき、手首がどうしても下がってしまうからね」と言って、その鉛筆の先端を鍵盤に触れている私の手首のすぐ下まで近づけた。ぎょっとしたけど、あまりにも自然で何も聞けなかった。

音を外しそうになると、芯が微かに血管の近くに食い込むので、震えそうになる指を懸命に隠した。先生は一体どんなつもりでその新しいレッスンを思いついたのか、他の子にもこんなことをしているのか、その気になれば私の手首にその芯を突き立てることができるか、聞きたいことは山ほどあった。
・・・・・・・・・・
そんなことがあって、私は9年間で初めて真剣にピアノを弾く気になります。友達のサツキとの馴れ合いの遊びが一気につまらなくなり、本気を出した私はあれだけ進まなかったのに、あっという間に、すごい勢いで、課題曲なら196曲は弾けるようになります。

ところが、もうすぐ200曲目をマスターしようかという頃に、先生は教室をやめてしまいます。旦那さんと離婚することになったのです。実は、先生が自宅で教室を開いていたのは、痴呆で寝たきりのお義母さんの介護をするためでした。

先生はどうしても子供にピアノを教えたかったのですが、自宅に知らない人間が出入りすることのストレスを旦那さんから責められ続け、思春期だった娘まで先生に辛くあたるようになります。思えば、私の手首に鉛筆を突き立てたのはこの頃のことでした・・・・

- とまあ、ここまではあると言えばある話。ちょっと不気味ではありますが、取り立てて言うほどのことではありません。やにわに気色ばむのは実はこのあとのことで、これぞ本谷有希子の本領と言える、いささかブラックにしてシュールな結末が待ち受けています。

お義母さんの痴呆がいよいよひどくなり、長年の介護に疲れ切った先生は、ある晩とうとう、グランドピアノの中に小さなお義母さんを入れると蓋をして閉じ込め、半日ものあいだ放置します。蓋の上にはバイエルなどのテキストが重しとして載せてあったそうです。

先生がいなくなったあとも、娘の才能を信じた母親はもっと月謝が高くてしっかりした別の教室に私を通わせることにしたのですが、意欲を失った私は練習しなくなり、指はあっという間に動かなくなり、楽譜も読めなくなります。

へ音記号を見るだけで吐きそうになり、学校でおもしろくないことがあるたびに、私も先生と同じようにお前らをピアノの中にぶち込んでやろうか、と心の中で毒づくようになります。

教室から追い出され、ヤケになった私は、サツキに紹介してもらった男の子と付き合って、一切の勉強をせずに受験を迎え、県で一番馬鹿な高校にも入れず、17のときに子供ができます。サツキは運命的に出会った旦那に借金と隠し子が発覚して、なんであんなやつを好きになったのか分からないと会うたびに言います。

この前、お腹の子供が私をピアノの中に閉じ込めるところを想像したあと、自分もお腹に子供を閉じ込めていることに気付きます。

サツキだって何かに閉じ込められている - 誰だって自分が今、ピアノの中なのか外なのか分からないまま生きているのだろう - というふうに終わっています。どうです? もしも感じるものがあるなら、ぜひ他の作品も読んでみてください。あと12個もあって、大江健三郎氏直々の解説まで付いています。

 

この本を読んでみてください係数  80/100


嵐のピクニック (講談社文庫)

 

◆本谷 有希子
1979年石川県生まれ。
石川県立金沢錦丘高等学校卒業。ENBUゼミナール演劇科に入学。

作品 「ぬるい毒」「自分を好きになる方法」「異類婚姻譚」「江利子と絶対」「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」「生きているだけで、愛。」「グ、ア、ム」他

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