『あなたの本当の人生は』(大島真寿美)_書評という名の読書感想文

『あなたの本当の人生は』大島 真寿美 文春文庫 2019年8月1日第2刷

書くことに囚われた女たち 書けなくなった老作家、代わりに書く秘書、書きたい弟子 - 三人の奇妙な生活の行く末は? 

新人作家の國崎真実は、編集者の勧めで、敬愛する作家、森和木ホリーの住み込みの弟子に。屋敷を仕切る秘書・宇城は、ホリーによると人殺しだという。書けなくなった老作家、代わりに書く秘書、書きたい新人・・・・・・・各々の生活は思わぬ方向へ。書くことに囚われた三人の 〈本当の人生〉 は? 不思議な光を放つ傑作長編。 解説・角田光代 (文春文庫)

『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』 で第161回直木賞を受賞した大島真寿美の 『あなたの本当の人生は』(第152回の同賞候補作) を読みました。角田光代氏曰く、「これは書く女だけの小説ではなくて、人生の考察小説だ」とあります。

主たる登場人物 (問題の三人)は、以下の通り。

・森和木ホリー - 本名、森脇悠久子。ジュニア小説の女王と呼ばれ、「錦船シリーズ」 という大ベストセラーをものにしています。但し、現在は書く気が失せ、何も書いていません。夫と別れ、大豪邸で一人暮らしをしています。

・宇城圭子 - 公務員を辞めて以来20数年、ホリーの有能な秘書として働いています。ホリーは時に彼女に対し 「宇城はたぶん、人を殺していると思う」 と言うときがあります。すると宇城は 「殺してた可能性までもは否定しませんが、あたしは殺さない道を通ることができたんですよ」 と、しれっと返します。そのことは、二人にとりさほど大したことではありません。二人は、概ね良好な関係を維持しています。

・國崎真実 - 新人賞は獲ったものの後が続かない新米作家の國崎真実は、彼女を見出した編集者・鏡味の助言により、思いもよらずホリーの内弟子となります。森和木ホリーは真実にとって最も敬愛すべき作家で、「錦船シリーズ」 は他のどれより好きな作品でした。

真実はホリーに教えを乞いたいと思っています。自分の書いた小説を読んでもらいたいと思っています。何より小説を書きたいと思っています。ところが意に反し、真実はコロッケばかり揚げています。彼女はコロッケ作りの名人で、アルバイトの惣菜屋で培った経験を活かし、来る日も来る日も、コロッケばかりを揚げています。

既に事を成し、年老いた今は書けなくなった有名作家の森和木ホリー。公務員としての安定した生活を捨て、以来20数年ホリーに仕え、雑事の一切を取り仕切って来た宇城圭子。彼女は最近、書かなくなったホリーに代わり、”ホリーとして” エッセイを書いています。

ホリーと宇城の間にある日突然放り込まれた國崎真実は、新人賞を獲ったは良いが次が続かず悶々した日を送っています。四百字詰め原稿用紙三百枚の没原稿を前に、おまえそんなに森和木ホリーが好きなら弟子にならねえか、と鏡味に言われたのでした。

身を粉にして、既に書き尽した感のある老作家・ホリー。積年の思いを一気に晴らすべく、書きに書きまくる秘書の宇城圭子。そして、果たして次作は書けるのか、あるいはこのまま書けずに終わるのか。先が見えない新米作家の國崎真実。

全てが違う中にあって、三人に共通するのは、いずれも 「書くことに囚われている ということです。三人にとって 「書くこと」 こそが人生であるわけですが、果たしてそれは本当なのでしょうか? それが 「本当の人生」だと、言えるのでしょうか ? 

では何をもって本当の人生というのか? やりたいことをやることが本当の人生なのか。やらねばならないことをやるのが本当の人生なのか。やりたくないことでも自分らしくそれを成すのが本当の人生なのか。

そんなふうに考える過程で、私は至極無自覚に、本当の人生イコール幸福な人生」 「本当ではない人生イコール不幸な人生と思いこんでいることに、気づかされる。でも本当にそうなのか? とはじめて疑問を突きつけられる。

だってこの小説には、やりたいことを仕事にして、大成してああ本物の人生ってしあわせというような、あるいは、やりたくもないことをやらされて、評価されないのは本当のおれではないからで、なんて不幸な人生というような、シンプルな人はだれひとりとして出てこないのだ。だから、考えてしまう。一見、やりたいことを仕事にして大成したホリーは、本当の人生を生きていて、しあわせなのか? 考え出したら止まらなくなってしまう。(角田光代/解説より)

何も “もの書き” だけが人生ではありません。単に喩えとして読んでください。私にとって、あなたにとって 「本当の人生」 とは何なのか? 何を成せば、それが 「本当の人生」 と言えるのでしょう? 今一度立ち止まり、しばし顧みるよりどころとなりますように。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆大島 真寿美
1962年愛知県名古屋市生まれ。
南山短期大学人間関係科卒業。

作品 「宙の家」「ピエタ」「チョコリエッタ」「虹色天気雨」「ビターシュガー」「ツタよ、ツタ」「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」他多数

関連記事

『遊佐家の四週間』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『遊佐家の四週間』朝倉 かすみ 祥伝社文庫 2017年7月20日初版 羽衣子(ういこ)の親友・みえ

記事を読む

『マッチング』(内田英治)_書評という名の読書感想文

『マッチング』内田 英治 角川ホラー文庫 2024年2月20日 3版発行 2024年2月23

記事を読む

『姫君を喰う話/宇能鴻一郎傑作短編集』(宇能鴻一郎)_書評という名の読書感想文

『姫君を喰う話/宇能鴻一郎傑作短編集』宇能 鴻一郎 新潮文庫 2021年8月1日発行

記事を読む

『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』(尾形真理子)_書評という名の読書感想文

『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』尾形 真理子 幻冬舎文庫 2014年2月10日初版 年

記事を読む

『ぼくとおれ』(朝倉かすみ)_たったひとつの選択が人生を変える。ってかあ!?

『ぼくとおれ』朝倉 かすみ 実業之日本社文庫 2020年2月15日初版 1972年

記事を読む

『罪の轍』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『罪の轍』奥田 英朗 新潮社 2019年8月20日発行 奥田英朗の新刊 『罪の轍』

記事を読む

『男ともだち』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『男ともだち』千早 茜 文春文庫 2017年3月10日第一刷 29歳のイラストレーター神名葵は関係

記事を読む

『ある女の証明』(まさきとしか)_まさきとしかのこれが読みたかった!

『ある女の証明』まさき としか 幻冬舎文庫 2019年10月10日初版 主婦の小浜

記事を読む

『甘いお菓子は食べません』(田中兆子)_書評という名の読書感想文

『甘いお菓子は食べません』田中 兆子 新潮文庫 2016年10月1日発行 頼む・・・・僕はもうセッ

記事を読む

『悪と仮面のルール』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『悪と仮面のルール』中村 文則 講談社文庫 2013年10月16日第一刷 父から「悪の欠片」と

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑