『たそがれどきに見つけたもの』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/09
『たそがれどきに見つけたもの』(朝倉かすみ), 作家別(あ行), 書評(た行), 朝倉かすみ
『たそがれどきに見つけたもの』朝倉 かすみ 講談社文庫 2019年10月16日第1刷
(第一話) たそがれどきに見つけたもの
海野伊智子と別れたあと、割り算をした。
人生八十年とし、それを四で割ってみた。四は四季の四である。
二十ずつ区切った年齢に春夏秋冬をあてはめた。二十歳までが 「春」、四十までが 「夏」。還暦までは 「秋」 として、それより先を 「冬」 とした。
今年五十のわたしは、秋の真んなかにいた。
ほほう、と感心するように驚いた。そうか、わたしは実りの秋の真んなかにいたのであったか。
腕の振りが大きくなった。颯爽、というふうに夜道を歩く。わりあい暗い夜道である。
夫は高校の同級生。卒業後十数年ぶりに再会し、結婚した。けれどある日、高校時代の友人の口から、かつて好きだった卯月くんの名前が出て - 。
多田くんは高校の同級生だった。そのころから、色が白くて、線が細かった。髪の毛も目の色も茶色っぽくて、全体的に薄いのだった。
太陽にあたらない葉っぱの裏みたいだと、伊智子とこっそり笑い合ったものだ。当時、多田くんの親友で、だいたいいつも一緒にいた卯月くんが、葉っぱのおもてのようなタイプだったので、余計にそう感じたのかもしれないが、わたしはそういうイメージを多田くんに持ちつづけていた。(P11)
朱美が好きだったのは卯月くんでした。ところが、卯月くんは朱美にまるで関心がありません。多田くんが朱美を好きだと知っていたからです。当時、多田くんは一方的に朱美を好きになり、朱美はあくまで 「葉っぱのおもてのような」 卯月くんが好きなのでした。
卯月くんと伊智子の二人に乗せられて、朱美は (不本意ながら) 一度は多田くんと付き合ってはみるのですが、結局うまくいきません。「そういうふうには好きになれないと思う」- 朱美が多田くんにそう告げたのは、二学期の始業式のあとのことでした。
ところが、ところが。
高校生のころは気づかなかったが、三十半ばになってみたら、多田くんは多田くんでようすのいい男性だった。
おとなしげなところは変わっていないが、物腰が柔らかく、口調も性質もおだやかだった。わたしが視線をはずしたときでも、わたしを見ているようだった。そうして視線が合うと、一瞬にして顔がほころび、その表情のままゆっくりと目をふせた。
十七歳だったときに、うとましいと思ったことが、三十四歳になったら好ましいものに反転した。安心感といってよかった。葉っぱの裏のようなひとの隣にいれば、強い日射しをよけられるし、強風にさらされることもないし、雨もしのげる。(P33.34)
なので - 十数年ぶりに再会した翌年、二人は結婚したのでした。
それから十五年が経っています。今年五十になった朱美は春夏秋冬で言うと、まだまだ 「秋」 の真っただ中にいます。
今度は八十を二十四で割った。寿命を一日の時間で割ってみたのだった。余りが出たので、およそ三ということにした。
零時から午前一時を三歳まで、午前一時から二時を六歳まで、と考えていったら、五十歳は、午後四時と午後五時のあいだだった。
わたしが今生きている時間は、一日に喩えると、午後四時半ころのようである。
ほほう、と、またなにかに感心するように驚いてから、歩き始めた。そうか、秋真っ盛りの夕方か。そこにわたしは立っているのか。
いっそ早く昏れてくれ、と思うような部分があった。早く静かな夜になればいいのに。(P21)
と思いきや、
ごくたまにだが、どうしても卯月くんにひと目会いたい、という衝動に駆られる瞬間が、わたしにはある。どんなことをしてでも卯月くんともう一度話がしたい、と全身で思い詰めるときがあった。葉っぱの裏みたいな夫には、ほとんど不満はないけれど、満足もしていないというような、ぶすぶすと燻るものがわたしのなかにあって、ごくごくたまになのだが、突然炎を上げるのだった。(P43)
わかります? わかりますよね。相応に歳を取ったあなたなら、きっとわかるはずです。「大人の心に寄り添う、切なく優しい短編集」 - 文庫の裏にはそんな惹句が載せてあります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆朝倉 かすみ
1960年北海道小樽市生まれ。
北海道武蔵女子短期大学教養学科卒業。
作品 「肝、焼ける」「田村はまだか」「夏目家順路」「玩具の言い分」「ロコモーション」「恋に焦がれて吉田の上京」「静かにしなさい、でないと」「満潮」「平場の月」他
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