『ウエストウイング』(津村記久子)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/11
『ウエストウイング』(津村記久子), 作家別(た行), 書評(あ行), 津村記久子
『ウエストウイング』津村 記久子 朝日文庫 2017年8月30日第一刷
女性事務員ネゴロ、塾通いの小学生ヒロシ、若手サラリーマンのフカボリ。ビルの物置き場で、3人は物々交換から繋がりができる。そんなある日豪雨警報が流れ - 。古ぼけた雑居ビルに集う見知らぬ者同士のささやかな交わりを温かな手触りで描いた長編小説。(朝日文庫)
43ページ辺り。主人公の一人・ヒロシが初めて登場する場面。
授業が終わり、帰宅をする段になると、タカミネの態度は少し軟化したようで、追いすがるホリを遠ざけもせずに、ついてこさせるままにしているようだった。ヒロシは舌打ちしながら、その様子を見届けようとしている自分を突然みじめに感じて、机の上に散乱するテキストやノートを乱暴にリュックに突っ込む。
荷物をまったく整理しないせいで、容易にファスナーが閉まらず、そのことにも苛立つ。まったく人生はままならない。女の子が自分を振り向く見込みがなく、荷物がまとまらない。その二点が、ヒロシの世界のうまくいかなさを敷衍する。
どこが良くて私は津村記久子の書く小説を読みたいと思うのだろう。この 『ウエストウイング』 にしてもそうで、何気に読むと、〈人生における一大事! 〉 みたいなことは何ひとつ書いてありません。ありふれた、どうでもいいような話ばかりが書いてあります。
ネゴロにしても、ヒロシにしても、フカボリにしても同様で、彼らはおしなべて凡庸な人物で、真面目といえば真面目なのですが、往々に自分に甘く上昇志向は希薄で、そんな自分を幾分か持て余しているようなところがあります。
周囲の人間とはそれなりに親しく、信頼されてもいます。しかし、内心ではどこか別のところにこそ自分の望む本来の居場所があるような、そんな気持ちを抱えています。大きな不満はないにせよ、さして有用とは思えない日常に日々鬱々としています。
先に挙げたヒロシの 〈ままならなさ〉 はどうでしょう? 彼はやればできる (であろう )少年なのですが、塾では (成績の上位で編成されたAクラスではなく) Bクラスに甘んじています。小学5年生にしては、ヒロシはえらく大人びたところがあります。
周囲にいる同級生のことをよく観察し、その〈幼さ〉に呆れているような感じがします。しかし、それを態度に出さず、やや卑屈で、クラスの連中とはつるまずに休憩時間になると誰も来ないところへ行き一人ですごすようになります。
その前段の彼の様子が、先の文章です。 (私はこんな文章にこそ反応し、それゆえ津村記久子の小説が大好きなのです)
彼ら3人が通う古ぼけた雑居ビル 「椿ビルディング」 の西棟には、4階の隅に、不要になったオフィス家具が未回収のまま雑然と置かれた「物置き場」があります。スチール棚で廊下から隠されたその狭い空間は、ヒロシ (のような人間) にとって体と心を休めるための格好の隠れ場所となります。
「物置き場」 には、必ずしも気持ちの良い人たちばかりではない職場で、蓄積してゆくストレスをあの手この手でいなしながらしぶとく生きている - 設計会社の支所で事務をとる31歳の女・ネゴロや、
給料が安いのを除けば目立った不満はないものの、年がら年中理由のわからない疲れが取れず、ゲームの主人公のようにレモネード売りで活計 (たつき) が立たないものかなどという禄でもない夢想に耽っている - 土質や水質の分析を扱う会社に勤める28歳の男・フカボリが、仕事を抜け出し、代わる代わるにやって来ます。
ヒロシは、母親に強いられて学習塾に通う、あまり勉強はできないがめざましい画才を持つ小学5年生の少年です。
彼は、軽いいじめに遭いそうな場面をそのつど賢くかわし、自分を理解してくれない母親のことも密かに優しくいたわりつつ、世界の内部にどうしたら自分の居場所を見つけられるのだろうと悩んでいます。 (太字部分は解説より引用)
この本を読んでみてください係数 85/100
◆津村 記久子
1978年大阪府大阪市生まれ。
大谷大学文学部国際文化学科卒業。
作品 「まともな家の子供はいない」「君は永遠にそいつらより若い」「ポトスライムの舟」「ミュージック・ブレス・ユー!! 」「とにかくうちに帰ります」「浮幽霊ブラジル」他多数
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