『地獄行きでもかまわない』(大石圭)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/13
『地獄行きでもかまわない』(大石圭), 作家別(あ行), 大石圭, 書評(さ行)
『地獄行きでもかまわない』大石 圭 光文社文庫 2016年1月20日初版
冴えない大学生の南里遼太郎は、合コンで出会った夕紀の眩しいまでの美貌が忘れられなかった。彼女の歓心を買うために吐いた、たったひとつの、しかし大きな嘘。それが彼の運命をねじまげてゆく。夕紀を手放したくない一心で嘘を塗り重ね、殺人まで犯してしまうのだが・・・。虚飾の幸せの果て、愚かな男を待つ凄まじいまでの悲劇とは? 戦慄のクライムサスペンス! (光文社文庫解説より)
表紙と付いたタイトルがどことなく卑猥で、オドロオドロした内容にも思われ、時々この手の本が無性に読みたくなる私としては、(誰彼かまわず)つい買ってしまうことがあります。
読んだあとのイメージでいうと、「真梨幸子の男バージョン」とでも言えばよいのでしょうか。適度にエロく、気味悪いですかと訊かれれば言えなくもないのですが、それより何より、主人公の南里遼太郎という男のバカさ加減に呆れて言うべき言葉が見つかりません。
彼が思うことや為すことは度を超して常識外れ、常人には思いも付かないことです。その程度があまりに過ぎて、一旦読むのをやめてよくよく考えてみると・・・きっと誰もが「・んなの、あるわけないっしょ!! 」と苦笑いするに違いありません。
遼太郎は細身で長身、外見はそれなりにスマートなのですが、極端な内気で思うように人と話すことができません。自分の気持ちが伝えられずに、いつもオドオドしています。友達と呼べるような仲間もおらず、女性と付き合ったこともありません。
彼は、(表向きは)弁護士を目指しています。しかるべき一流の大学にも入り、親には司法試験に向けて勉強していると言ってはいるのですが、彼が本当になりたいのは小説家で、その分学業はすっかり疎かになり、今では小説を書くばかりの毎日を送っています。
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特段おかしな趣味嗜好があるわけでなし、どこにもいそうな、地味で目立たない遼太郎なのですが、結果として、彼がその後したことの全容を言うなら、南里遼太郎という男は稀代の詐欺師で、何一つ情状を酌量する余地のない殺人鬼だったということになります。
そもそもは遼太郎が夕紀と知り合ったのが間違いで、どう見ても端から不釣り合いな、何をどうしたところで住む世界が違う彼女のことを、それでもわがものにしたいと思う遼太郎のあまりに無謀な、見境の無い欲望が招いた悲劇だと言えます。
確かに夕紀は非の打ち所がない美貌の持ち主で、(結局最後まで日の目は見ないのですが)芸能プロダクションに所属するような女性です。遼太郎は一途に夕紀に焦がれ、夕紀を崇めます。そして、それは(みごと?)2人が結婚したあとも変わることがありません。
2人は横浜みなとみらい地区に聳えるタワーマンションに新居を構え、夕紀は思いの限り浪費を尽くします。日毎エステやネイルサロンに通い、買いたい物を買いたいだけ手に入れます。買う物のどれもがブランドの高級品、果ては勝手に車まで買ってしまいます。
夕紀は端から家事をする気がありません。食事は百貨店の惣菜で済ませ、家の中はいつも散らかっており、床は埃にまみれています。アイロンをかけない洗濯物はくちゃくちゃで、口を開けば家政婦を雇ってくれと遼太郎にせがみます。
にもかかわらず、そんなことではあるのですが、遼太郎は決して夕紀を怒ろうとも、責めようともしません。彼女が望むことを望むがままに、やりたいようにやらせては一言たりとも文句を言いません。それどころか、喜ぶ彼女を見て、彼もまた喜んでいるのです。
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それは遼太郎にとって、そして夕紀にとってもまさに夢のような暮らしです。やがて結婚から5年近くが過ぎ、2人は30歳になっています。長女の花梨が3歳、年子の長男・信之介が2歳で、家には通いの家政婦がいます。
朝食を終えた遼太郎は、いつものようにスーツに着替えて家を出ます。彼は、家とは別にアパートを借りて、そこを仕事場にして小説を書き、さまざまな新人賞に応募しています。しかし、いまだに賞をもらうことができません。
夕紀は相変わらず、贅沢三昧の暮らしを続けています。そのことに文句はないのですが、遼太郎のほうはできるだけ質素な暮らしを心掛けています。夕紀はしばしば彼に、新しい服を買うように言うのですが、「誰に会うわけでもないから」と何も買わずにいます。
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どうでしょう、みなさん? もうそろそろ気付くころだと思うのですが、どこか何かが変ではありません? 彼らの生活費をおおよそ計算してみると、1年間で約3,000万円、あるいはそれ以上使っていることになります。
遼太郎は弁護士にもならずに、売れない小説をせっせと書くばかり。どう考えても贅沢な暮らしに見合うような稼ぎがあるとは思えません。親が残した莫大な財産でもない限り(これはある意味そうとも言えるのですが)、どこから捻出されたものかがわかりません。
夕紀は外見こそ際立っているものの、もとより生活力がまるでありません。そんな彼女にとって、湯水のごとく金を使い、何の文句も言わない遼太郎は理想の夫です。彼女は遼太郎を信じて疑いません。疑いたくもないです。
・・・しかし、遼太郎は明らかに嘘を付いています。自分でも思いがけず口にした、たった一つの嘘を今更ながらに後悔しています。ところが白状できずにまた嘘を重ね、(わかり過ぎるくらいにわかってはいたのですが)、とうとうどうにもならないところまで来てしまっています。
この本を読んでみてください係数 75/100
◆大石 圭
1961年東京都目黒区生まれ。
法政大学文学部卒業。
作品「履き忘れたもう片方の靴」「蜘蛛と蝶」「女が蝶に変るとき」「奴隷契約」「殺意の水音」「甘い鞭」「殺人鬼を飼う女」「あの夜にあったこと」「人を殺す、という仕事」など
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