『生命式』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
『生命式』(村田沙耶香), 作家別(ま行), 書評(さ行), 村田沙耶香
『生命式』村田 沙耶香 河出文庫 2022年5月20日初版発行
![](http://choshohyo.com/wp-content/uploads/2022/11/41EraGa4ZgL._SX349_BO1204203200_.jpg)
正常は発狂の一種 死んだ人間を食べる、新しい “葬式” の誕生!? 文学史上、最も危険な短編集!
「夫も食べてもらえると喜ぶと思うんで」。人口減少が急激に進む社会。そこでは、故人の肉を食べて、男女が交尾をする、新たな “葬式” がスタンダードになっていた・・・・・・・表題作 「生命式」 や 「素敵な素材」 など、著者自身がセレクトした十二篇を収録。はたして 「正常は発狂の一種」 か!? 未体験の衝撃と話題になった、文学史上最も危険な短篇集。(河出文庫)
危険といえば危険、しかし仮にもそれが 「正常」 とされる世界の話であったとしたら・・・・・・・。そんな時代に身を置く運命であったとしたら、案外人は平気なのかもしれません。平然と死んだ人の肉を食べ、人目も憚らず交尾していたのかもしれません。
解説 「正しさ」 なんて、ぜんぶ噛み砕いてしまいたい 朝吹真理子
本作短篇十二作は、著者が自選している。常識から外れているひとが多くでてくる。はじめは、まじめに狂っている登場人物の挙動がおかしくて笑ってしまうけれど、それは読んでいる自分が正常だと思い込んでいるから笑えるだけに過ぎないので、途中から、笑っていた自分のことが怖くなる。
作中の社会規範はさまざまなのだけれど、いずれも、その世界で是とされていることに対して、諾いきれないひとびとがでてくる。時代によって変わる社会規範に対して、疑うことなく生きられるひとたちは強い。そのひとたちは、素直に適応していて、かつての常識を引きずって逡巡したり、腑に落ちないままのひとに対して、とても冷淡だ。
「生命式」 が普通になった世界のこと
主人公は、人の肉が禁忌であったころのことをよくおぼえている。主人公がまだ幼稚園児のころ、おいしそうな食べものをくちぐちにあげる遊びをして、他の園児が象や猿をあげているのをきいて、ふと 「人間」 と言ってしまう。それをきいた子供たちは動揺し、おぞましい考え方を持つ子として先生からも非難された。それが、たった三十年で、全く反対の倫理観になっていることに、どこか納得がいかない。かつての倫理観が根強いはずの老人も、故人の肉を食べながら 「本当にいい風習だね」 などと言ってしまう。三十年前の倫理はどこにいってしまったのか。主人公は、肉を食べることそのものに抵抗はなくて、かつて 「”正しさ” で私を糾弾していた」 人たちが、いまは肉をおいしそうに食べていることに対して、憤っている。人間の忘れっぽさと、本能や倫理などという言葉を、時代の空気にあわせていい加減に使っていることに、どうしても慣れない。
「わかるー。人肉を食べたいと思うのって、人間の本能だなあって思うー」
おまえら、ちょっと前まで違うことを本能だって言ってただろ、と言いたくなる。本能なんてこの世にはないんだ。倫理だってない。変容し続けている世界から与えられた、偽りの感覚なんだ。(「生命式」)「正常は発狂の一種でしょう? この世で唯一の、許される発狂を正常と呼ぶんだって、僕は思います」(「生命式」)
正しさを保証するするために 「本能」 という言葉を使う。そのときどきの、ちょうどいいところにいられるひとは正常で、そこからこぼれ落ちたら、狂人のスタンプを押される。十二篇それぞれ 「正しさ」 になじめないひとたちがでてくる。そしてみんなひたむきに狂っている。
近くの国では、食用に犬が飼われているといいます。昔、香港で蛇の肉を食べたことがあります。熊も、鹿も食べました。人と、どこが違うのでしょう?
この本を読んでみてください係数 85/100
![](http://choshohyo.com/wp-content/uploads/2022/11/41EraGa4ZgL._SX349_BO1204203200_.jpg)
◆村田 沙耶香
1979年千葉県印西市生まれ。
玉川大学文学部芸術学科芸術文化コース卒業。
作品 「授乳」「ギンイロノウタ」「ハコブネ」「殺人出産」「しろいろの街の、その骨の体温の」「消滅世界」「コンビニ人間」「地球星人」「変半身/KAWARIMI」他多数
関連記事
-
-
『新宿鮫』(大沢在昌)_書評という名の読書感想文(その1)
『新宿鮫』(その1)大沢 在昌 光文社(カッパ・ノベルス) 1990年9月25日初版 『新宿
-
-
『地面師たち』(新庄耕)_書評という名の読書感想文
『地面師たち』新庄 耕 集英社文庫 2022年2月14日第2刷 そこに土地があるか
-
-
『蜃気楼の犬』(呉勝浩)_書評という名の読書感想文
『蜃気楼の犬』呉 勝浩 講談社文庫 2018年5月15日第一刷 県警本部捜査一課の番場は、二回りも
-
-
『サンティアゴの東 渋谷の西』(瀧羽麻子)_書評という名の読書感想文
『サンティアゴの東 渋谷の西』瀧羽 麻子 講談社文庫 2019年5月15日第1刷
-
-
『ジャズをかける店がどうも信用できないのだが・・・・・・。』(姫野 カオルコ)_書評という名の読書感想文
『ジャズをかける店がどうも信用できないのだが・・・・・・。』姫野 カオルコ 徳間文庫 2016年3月
-
-
『首里の馬』(高山羽根子)_書評という名の読書感想文
『首里の馬』高山 羽根子 新潮文庫 2023年1月1日発行 第163回芥川賞受賞作
-
-
『JR上野駅公園口』(柳美里)_書評という名の読書感想文
『JR上野駅公園口』柳 美里 河出文庫 2017年2月20日初版 1933年、私は「天皇」と同じ日
-
-
『侵蝕 壊される家族の記録』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文
『侵蝕 壊される家族の記録』櫛木 理宇 角川ホラー文庫 2016年6月25日初版 ねえ。 このう
-
-
『昭和の犬』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文
『昭和の犬』姫野 カオルコ 幻冬舎文庫 2015年12月5日初版 昭和三十三年滋賀県に生まれた
-
-
『サロメ』(原田マハ)_書評という名の読書感想文
『サロメ』原田 マハ 文春文庫 2020年5月10日第1刷 頽廃に彩られた十九世紀