『生命式』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『生命式』村田 沙耶香 河出文庫 2022年5月20日初版発行

正常は発狂の一種 死んだ人間を食べる、新しい “葬式” の誕生!? 文学史上、最も危険な短編集!

「夫も食べてもらえると喜ぶと思うんで」。人口減少が急激に進む社会。そこでは、故人の肉を食べて、男女が交尾をする、新たな “葬式” がスタンダードになっていた・・・・・・・表題作 「生命式」 や 「素敵な素材」 など、著者自身がセレクトした十二篇を収録。はたして 「正常は発狂の一種」 か!? 未体験の衝撃と話題になった、文学史上最も危険な短篇集。(河出文庫)

危険といえば危険、しかし仮にもそれが 「正常」 とされる世界の話であったとしたら・・・・・・・。そんな時代に身を置く運命であったとしたら、案外人は平気なのかもしれません。平然と死んだ人の肉を食べ、人目も憚らず交尾していたのかもしれません。

解説 「正しさなんて、ぜんぶ噛み砕いてしまいたい 朝吹真理子

本作短篇十二作は、著者が自選している。常識から外れているひとが多くでてくる。はじめは、まじめに狂っている登場人物の挙動がおかしくて笑ってしまうけれど、それは読んでいる自分が正常だと思い込んでいるから笑えるだけに過ぎないので、途中から、笑っていた自分のことが怖くなる。
作中の社会規範はさまざまなのだけれど、いずれも、その世界で是とされていることに対して、諾いきれないひとびとがでてくる。時代によって変わる社会規範に対して、疑うことなく生きられるひとたちは強い。そのひとたちは、素直に適応していて、かつての常識を引きずって逡巡したり、腑に落ちないままのひとに対して、とても冷淡だ。

「生命式」 が普通になった世界のこと

主人公は、人の肉が禁忌であったころのことをよくおぼえている。主人公がまだ幼稚園児のころ、おいしそうな食べものをくちぐちにあげる遊びをして、他の園児が象や猿をあげているのをきいて、ふと 「人間」 と言ってしまう。それをきいた子供たちは動揺し、おぞましい考え方を持つ子として先生からも非難された。それが、たった三十年で、全く反対の倫理観になっていることに、どこか納得がいかない。かつての倫理観が根強いはずの老人も、故人の肉を食べながら 「本当にいい風習だね」 などと言ってしまう。三十年前の倫理はどこにいってしまったのか。主人公は、肉を食べることそのものに抵抗はなくて、かつて 「”正しさ” で私を糾弾していた」 人たちが、いまは肉をおいしそうに食べていることに対して、憤っている。人間の忘れっぽさと、本能や倫理などという言葉を、時代の空気にあわせていい加減に使っていることに、どうしても慣れない。

わかるー。人肉を食べたいと思うのって、人間の本能だなあって思うー
おまえら、ちょっと前まで違うことを本能だって言ってただろ、と言いたくなる。本能なんてこの世にはないんだ。倫理だってない。変容し続けている世界から与えられた、偽りの感覚なんだ。(「生命式」)

正常は発狂の一種でしょう? この世で唯一の、許される発狂を正常と呼ぶんだって、僕は思います」(「生命式」)

正しさを保証するするために 「本能」 という言葉を使う。そのときどきの、ちょうどいいところにいられるひとは正常で、そこからこぼれ落ちたら、狂人のスタンプを押される。十二篇それぞれ 「正しさ」 になじめないひとたちがでてくる。そしてみんなひたむきに狂っている。

近くの国では、食用に犬が飼われているといいます。昔、香港で蛇の肉を食べたことがあります。熊も、鹿も食べました。人と、どこが違うのでしょう?

この本を読んでみてください係数 85/100

◆村田 沙耶香
1979年千葉県印西市生まれ。
玉川大学文学部芸術学科芸術文化コース卒業。

作品 「授乳」「ギンイロノウタ」「ハコブネ」「殺人出産」「しろいろの街の、その骨の体温の」「消滅世界」「コンビニ人間」「地球星人」「変半身/KAWARIMI」他多数

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