『侵蝕 壊される家族の記録』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『侵蝕 壊される家族の記録』櫛木 理宇 角川ホラー文庫 2016年6月25日初版

ねえ。
このうちって、とてもいいおうちよね。- わたしの、理想のおうちだわ。

皆川美海は平凡な高校生だった。あの女が、現れるまでは・・・・・・・。幼い弟の事故死以来、沈んだ空気に満ちていた皆川家の玄関に、弟と同じ名前の少年が訪れた。行き場のない彼を、美海の母は家に入れてしまう。後日、白ずくめの衣裳に厚塗りの化粧をした異様な女が現れる。彼女は少年の母だと言い、皆川家に〈寄生〉し始め・・・・・・・。洗脳され壊されてゆく家族の姿におののく美海。恐怖の果てに彼女を待つ驚きの結末とは・・・・・・・。怖ろしくて、やがて切ない、大人気シリーズ『ホーンテッド・キャンパス』著者による傑作ミステリ! 単行本『寄居虫女(ヤドカリオンナ)』改題 (アマゾン内容紹介より)

2012年10月に兵庫県尼崎市で発覚した連続殺人死体遺棄事件、「尼崎連続変死事件」として連日世間を騒がせたあの奇怪な事件の顛末をあなたは覚えているでしょうか。

角田美代子という名前はどうでしょう?

彼女がしたのは拉致・監禁の上の暴行と、被害者を弄ぶ(というにはあまりに苛烈な)拷問に似た責苦や、単に笑うがための悪ふざけの数々でした。閉じこめ、思いつきで食事を与えたり与えなくしながら、時に狂気をふるい、しかるべき「最期の日」を待ちます。

追い詰められ、逃れようのない被害者らは、やむなく美代子の軍門に下り、隷属し、憔悴した挙句、果てはコンクリート詰めにされたドラム缶の中で骸となって発見されます。

この大量殺人事件における特筆すべき事柄として、以下の二点が挙げられます。

1) 些細な弱みにつけ込んで威圧的に家族を支配する、いわば家族乗っ取り事件を主犯者・角田美代子が複数回起こしていたこと。

2) そこでは、多くの人々が、親族間同士での暴力を強要されたり、飲食や睡眠を制限されるなど虐待され、さらには、財産を奪われたり、家庭崩壊に追い込まれるといった被害を受けていたこと。

そういった事情により、美代子に取り込まれ、疑似家族の一員となったり、否応なく、事件に関与せざるをえなくなったと思われる人物も多く含まれていたということ。(以上はwikipedia参照)

この小説において、角田美代子に代わる洗脳者として登場するのが「山口葉月」と名乗る年齢不詳の女。

女は地肌も見えないほど真っ白に厚化粧していた。メイクというより、舞台化粧の厚塗りに近かった。こってりと鏝で塗りたくったようなファンデーションの上に、アイラインを太く引き、埋もれかけた目をあらためて描いている。唇も同様だった。

- 塗りたくられた顔から、実年齢はまったく読みとれなかった。顔だけでなく、高いカラーで覆われた首までもが真っ白だ。これほど念入りに白塗りするのは、歌舞伎役者の女形くらいのものだろうと思えた。

この蒸し暑いのに、ワンピースはフリルたっぷりの長袖だった。おまけに女は手袋をはめていた。運転するときに日焼け防止に着けるような、肘まである長い手袋だ。肩には同じく、レースとフリルだらけのポシェットを斜めがけしている。

この異様な姿をした女が皆川家を訪れたのは、彼女の息子だという「山口朋巳」という少年を、母の留美子が預かってしばらくあとのことです。

母の留美子は、末子で長男の息子を交通事故で失い、ひどくふさぎ込んだ日々を送っています。そこへ現れたのが、息子の智未と同じ年ごろのしかも同じ名前の少年で、葉月は、朋巳をわが子のようにして可愛がる留美子をよいことに、朋巳と共にその後皆川家に居着くようになります。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆櫛木 理宇
1972年新潟県生まれ。
大学卒業後、アパレルメーカー、建設会社などの勤務を経て、執筆活動を開始する。

作品 「ホーンテッド・キャンパス」「赤と白」「死刑にいたる病」「僕とモナミと、春に会う」「209号室には知らない子供がいる」他多数

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