『十字架』(重松清)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『十字架』(重松清), 作家別(さ行), 書評(さ行), 重松清

『十字架』重松 清 講談社文庫 2012年12月14日第一刷

いじめを苦に自殺したあいつの遺書には、僕の名前が書かれていた。あいつは僕のことを「親友」と呼んでくれた。でも僕は、クラスのいじめをただ黙って見ていただけだったのだ。あいつはどんな思いで命を絶ったのだろう。そして、のこされた家族は、僕のことをゆるしてくれるだろうか。吉川英治文学賞受賞作。(講談社文庫解説より)

藤井俊介 - 当時中学2年生、クラスメイトからは「フジシュン」と呼ばれていました - が自殺したのは(1989年)9月4日のこと。彼は自宅の庭にある柿の木で首を吊って死んでしまうのですが、これが後に思わぬ形で世間の注目を浴びることになります。

そうなった原因は、フジシュンが残した遺書が(彼が荼毘に付されたあと)公開されたことにあります。その中には - ぼくは皆さんのいけにえになりました - とあり、それをマスコミが「いけにえ自殺」と名づけて大々的に報道したのが発端です。

遺書には、4人の名前が書き記されています。新聞や雑誌では黒く塗りつぶされていたのですが、それとは別に遺書のコピーが出回り、名前はすぐにみんなの知るところとなります。知りたくもないのに、まるで無理やりみせつけられたようなものでした。

まず1人目が「僕」- 語り手であり、この物語の主人公です。
- 真田裕様。親友になってくれてありがとう。ユウちゃんの幸せな人生を祈っています。
2人目と3人目は、フジシュンをいじめたグループの中心にいた人物。
- 三島武大。根本晋哉。永遠に許さない。呪ってやる。地獄に落ちろ。

4人目は、中川小百合という女子。フジシュンは遺書の中で彼女に謝っています。
- 中川小百合さん。迷惑をおかけして、ごめんなさい。誕生日おめでとうございます。幸せになってください。

「ありがとう」「ゆるさない」「ごめんなさい」- この3つの思い、フジシュンにとっては書かずにおけない、しかし書かれた側からすればあまりに一方的な思いを残して、彼は死んでしまったのです。
・・・・・・・・・・
まず前提となるのは、(当然ですが)フジシュンが壮絶ないじめに遭っていたこと。そして、そのことをクラスの誰もが知っていたということです。三島と根本のフジシュンに対するいじめは、陰でこそこそ行われていたわけではなく、堂々とした見世物でした。

フジシュンが痛めつけられているのを目にしても、クラスの誰一人助けようとしません。みんなが知らないふりを通します。要らぬちょっかいを出せば今度は自分がフジシュンに代わって三島や根本の餌食になる。それを全員がわかっていたからです。

フジシュンは、選ばれるべくして選ばれたいじめの「象徴」で、特別何かをしたわけではありません。気が弱くておとなしい同級生が同じクラスにいて、それがたまたまフジシュンだっただけのこと。彼には本気になって庇ってくれる親友もいなかったのです。

ところが、どういう訳でか遺書には「僕」のことが「親友」だと書いてあります。確かに「僕」とフジシュンは小学校からの幼なじみで、家に遊びに行ったりした仲ではあったのですが、中学生になった今ではまるで疎遠になっています。

間違っても「僕」はフジシュンのことを親友などとは思っていません。しかし、彼にとっての「僕」は、(遺書をそのまま信じるならば)たった一人の、親友であったらしい・・・

その「僕」が、常々いじめられているのを知りながら何もせず、結果彼を自殺にまで追いやった - そうまで言われて、なぜそんな「でたらめ」を書いたのかと恨めしく思いながら、それでも「僕」は「実はそうではない」と声に出して言うことができません。

ここに及んで、(親友であったかどうかは別にして)「僕」は - 実際には何ほども関わりなかったフジシュンとの「関係」について - 改めてその意味を問い直すようになります。

そしてもう一人 -「僕」とは違う、しかしまた「僕」に似た葛藤を抱えて身動きできないでいるのが、中川小百合です。彼女はフジシュンから一方的に好意を寄せられ、彼の死の直前、そうとは知らずに彼の申し出を断っています。
・・・・・・・・・・
フジシュンの父親は、決して学校やクラスの生徒を許そうとしません。首謀者の三島と根本は当然に、次に父親が憎んだのは「僕」です。悔みの席では無視され、目を合わそうともしません。その上、昔一緒に遊んだフジシュンの弟・健介にも酷い言われ方をします。

「親友なのに・・・なんで裏切ったの」「人殺しと同じだよね、それ」

健介にぶつけられた言葉のトゲは、耳に入った瞬間よりも、むしろ耳を通り抜けて胸に流れ込んでから刺さってきます。「違う」と言えればいいのにそう言えないで、「僕」はただ黙って立ち竦んでいます。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆重松 清
1963年岡山県津山市生まれ。
早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。

作品「ナイフ」「定年ゴジラ」「カカシの夏休み」「ビタミンF」「流星ワゴン」「疾走」「カシオペアの丘で」「あすなろ三三七拍子」「星のかけら」「ゼツメツ少年」他多数

関連記事

『サンティアゴの東 渋谷の西』(瀧羽麻子)_書評という名の読書感想文

『サンティアゴの東 渋谷の西』瀧羽 麻子 講談社文庫 2019年5月15日第1刷

記事を読む

『十九歳のジェイコブ』(中上健次)_書評という名の読書感想文

『十九歳のジェイコブ』中上 健次 角川文庫 2006年2月25日改版初版発行 中上健次という作家

記事を読む

『それを愛とは呼ばず』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『それを愛とは呼ばず』桜木 紫乃 幻冬舎文庫 2017年10月10日初版 妻を失った上に会社を追わ

記事を読む

『ぼぎわんが、来る』(澤村伊智)_書評という名の読書感想文

『ぼぎわんが、来る』澤村 伊智 角川ホラー文庫 2018年2月25日初版 幸せな新婚生活をおくって

記事を読む

『さまよえる脳髄』(逢坂剛)_あなたは脳梁断裂という言葉をご存じだろうか。

『さまよえる脳髄』逢坂 剛 集英社文庫 2019年11月6日第5刷 なんということで

記事を読む

『ニューカルマ』(新庄耕)_書評という名の読書感想文

『ニューカルマ』新庄 耕 集英社文庫 2019年1月25日第一刷 電機メーカーの関

記事を読む

『妻籠め』(佐藤洋二郎)_書評という名の読書感想文

『妻籠め』佐藤 洋二郎 小学館文庫 2018年10月10日初版 父を亡くし、少年の頃の怪我がもとで

記事を読む

『せんせい。』(重松清)_書評という名の読書感想文

『せんせい。』重松 清 新潮文庫 2023年3月25日13刷 最泣王・重松清が描く

記事を読む

『殺人者』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『殺人者』望月 諒子 新潮文庫 2022年11月1日発行 連続する猟奇殺人、殺害さ

記事を読む

『♯拡散忌望』(最東対地)_書評という名の読書感想文

『♯拡散忌望』最東 対地 角川ホラー文庫 2017年6月25日初版 ある高校の生徒達の噂。〈ドロ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーラの発表会』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『オーラの発表会』綿矢 りさ 集英社文庫 2024年6月25日 第1

『彼岸花が咲く島』(李琴峰)_書評という名の読書感想文

『彼岸花が咲く島』李 琴峰 文春文庫 2024年7月10日 第1刷

『半島へ』(稲葉真弓)_書評という名の読書感想文

『半島へ』稲葉 真弓 講談社文芸文庫 2024年9月10日 第1刷発

『赤と青とエスキース』(青山美智子)_書評という名の読書感想文

『赤と青とエスキース』青山 美智子 PHP文芸文庫 2024年9月2

『じい散歩』(藤野千夜)_書評という名の読書感想文

『じい散歩』藤野 千夜 双葉文庫 2024年3月11日 第13刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑