『自転しながら公転する』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/06 『自転しながら公転する』(山本文緒), 作家別(や行), 山本文緒, 書評(さ行)

『自転しながら公転する』山本 文緒 新潮文庫 2022年11月1日発行

第16回 中央公論文芸賞受賞!
第27回 島清恋愛文学賞受賞!
2021年 本屋大賞ノミネート!

恋愛、仕事、家族のこと。全部がんばるなんて、無理! 読者から圧倒的な支持を集めた傑作長編

母の看病のため実家に戻ってきた32歳の都。アウトレットモールのアパレルで契約社員として働きながら、寿司職人の貫一と付き合いはじめるが、彼との結婚は見えない。職場は頼りない店長、上司のセクハラと問題だらけ。母の具合は一進一退。正社員になるべき? ぐるぐると思い悩む都がたどりついた答えは - 。揺れる心を優しく包み、あたたかな共感で満たす傑作長編。(新潮文庫)

はじめて貫一と飲みに行った日、都は今置かれている自分の状況についてのあれやこれやを、酔いに任せてぶちまけたのでした。知り合って間もない人に何を言っているんだろうと思いながらも、都の口は止まりません。

母の更年期障害は思った以上に重症で、父に言われて実家に戻り、家事を手伝いながら母の面倒を見ていること。そのため (多少なりとも時間の融通が利くので) 今はモールで契約社員として働いていること。家事をやりつつ、家族の体調も見つつ、仕事も全開で頑張るなどという、そんな器用なことはできそうもないと、自分の現状に不平や不満が溜まり、今にも爆発しそうだと・・・・・・・。

- たとえば子供いる人なんかは、みんなそうしてるわけでしょ。ジャグリングっていうの、あのボウリングのピンみたいなの、四本も五本も一斉に回してるみたいな生活を毎日してるんでしょ。なのに私、これしきのことで、なんか頭がぐるぐるしちゃって

都がそう言うと、

そうか、自転しながら公転してるんだな」 貫一は、そんなことを言ったのでした。

「なあ、おみや」
彼は顔を寄せて都に囁いた。
「地球はどのくらいの速さで、自転と公転してると思う? 」
「そんなの知らないよ」
「地球は秒速465メートルで自転して、その勢いのまま秒速30キロで公転してる」

都がぽかんとする。
「地球はな、ものすごい勢いで回転しながら太陽のまわりを回ってるわけだけど、ただ円を描いて回ってるんじゃなくて、こうスパイラル状に宇宙を駆け抜けてるんだ」

貫一は炒め物の皿に残っていたうずら卵を楊枝で刺し、それを顔の前でぐるぐる回した。
「太陽だってじっとしているわけじゃなくて天の川銀河に所属する2千億個の恒星のひとつで、渦巻き状に回っている。だからおれたちはぴったり同じ軌道には一瞬も戻れない」

「さっきから何言ってんの? 」
「いや、面白いなって思って。おれたちはすごいスピードで回りながらどっか宇宙の果てに向かってるんだよ」
都は貫一の顔を覗きこんだ。瞼がとろんとしている。顔には出ていないが相当酔っぱらっているのかもしれない。(本文より/P102~103)

この時、貫一が都に対し、実は何が言いたかったのか。彼が思うところの、何を彼女に伝えようとしたのかは、正直よくわかりません。ただ漠然としたこの世界のあり様 - 抗いようのない、そのニュアンスみたいなものだったのでしょうか。

それだけでは飽き足らず、さらに貫一の話は続くのですが、都はもうどうでもよくなっています。そもそも何の話かわからない上に、飲みすぎではないかと都に言われ、実は俺もわからなくなってきたと、貫一は急に素直に自分の酔いを認めたのでした。

その後、二人は付き合い出すのですが、恋と呼ぶのもどうかと思う二人の恋が成就するかどうかは、最後の最後までわかりません。そのまどろっこしさこそが、勘所だろうと。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆山本 文緒
1962年神奈川県生まれ。2021年10月13日(58歳)没。
神奈川大学経済学部卒業。

作品 「恋愛中毒」「プラナリア」「アカペラ」「ブルーもしくはブルー」「パイナップルの彼方」「自転しながら公転する」「ばにらさま」「無人島のふたり」他多数

関連記事

『人面瘡探偵』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『人面瘡探偵』中山 七里 小学館文庫 2022年2月9日初版第1刷 天才。5ページ

記事を読む

『痺れる』(沼田まほかる)_書評という名の読書感想文

『痺れる』沼田 まほかる 光文社文庫 2012年8月20日第一刷 12年前、敬愛していた姑(は

記事を読む

『三面記事小説』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『三面記事小説』角田 光代 文芸春秋 2007年9月30日第一刷 「愛の巣」:夫が殺した不倫

記事を読む

『羆嵐』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『羆嵐』吉村 昭 新潮文庫 2026年12月20日 62刷発行 6人殺害 三毛別ヒグマ事件 

記事を読む

『過ぎ去りし王国の城』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文

『過ぎ去りし王国の城』宮部 みゆき 角川文庫 2018年6月25日初版 中学3年の尾垣真が拾った中

記事を読む

『純平、考え直せ』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『純平、考え直せ』奥田 英朗 光文社文庫 2013年12月20日初版 坂本純平は気のいい下っ端やく

記事を読む

『救われてんじゃねえよ』(上村裕香)_書評という名の読書感想文

『救われてんじゃねえよ』上村 裕香 新潮社 2025年4月15日 発行 24歳、現役大学院生

記事を読む

『遮光』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『遮光』中村 文則 新潮文庫 2011年1月1日発行 私は瓶に意識を向けた。近頃指がまた少し変

記事を読む

『前世は兎』(吉村萬壱)_書評という名の読書感想文

『前世は兎』吉村 萬壱 集英社 2018年10月30日第一刷 7年余りを雌兎として

記事を読む

『殺人者』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『殺人者』望月 諒子 新潮文庫 2022年11月1日発行 連続する猟奇殺人、殺害さ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『月ぬ走いや、馬ぬ走い (ちちぬはいや、うんまぬはい)』 (豊永浩平)_書評という名の読書感想文

『月ぬ走いや、馬ぬ走い (ちちぬはいや、うんまぬはい)』 豊永 浩平

『水車小屋のネネ』 (津村記久子)_書評という名の読書感想文

『水車小屋のネネ』 津村 記久子 毎日文庫 2026年4月25日 発

『それは誠』(乗代雄介)_書評という名の読書感想文

『それは誠』乗代 雄介 文春文庫 2026年4月10日 第1刷

『けんちゃん』 (こだま)_書評という名の読書感想文

『けんちゃん』 こだま 扶桑社 2026年1月20日 初版第1刷発行

『ジャクソンひとり』 (安堂ホセ)_書評という名の読書感想文

『ジャクソンひとり』 安堂 ホセ 河出文庫 2025年5月20日 初

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑