『自転しながら公転する』(山本文緒)_書評という名の読書感想文
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『自転しながら公転する』(山本文緒), 作家別(や行), 山本文緒, 書評(さ行)
『自転しながら公転する』山本 文緒 新潮文庫 2022年11月1日発行
第16回 中央公論文芸賞受賞!
第27回 島清恋愛文学賞受賞!
2021年 本屋大賞ノミネート!恋愛、仕事、家族のこと。全部がんばるなんて、無理! 読者から圧倒的な支持を集めた傑作長編
母の看病のため実家に戻ってきた32歳の都。アウトレットモールのアパレルで契約社員として働きながら、寿司職人の貫一と付き合いはじめるが、彼との結婚は見えない。職場は頼りない店長、上司のセクハラと問題だらけ。母の具合は一進一退。正社員になるべき? ぐるぐると思い悩む都がたどりついた答えは - 。揺れる心を優しく包み、あたたかな共感で満たす傑作長編。(新潮文庫)
はじめて貫一と飲みに行った日、都は今置かれている自分の状況についてのあれやこれやを、酔いに任せてぶちまけたのでした。知り合って間もない人に何を言っているんだろうと思いながらも、都の口は止まりません。
母の更年期障害は思った以上に重症で、父に言われて実家に戻り、家事を手伝いながら母の面倒を見ていること。そのため (多少なりとも時間の融通が利くので) 今はモールで契約社員として働いていること。家事をやりつつ、家族の体調も見つつ、仕事も全開で頑張るなどという、そんな器用なことはできそうもないと、自分の現状に不平や不満が溜まり、今にも爆発しそうだと・・・・・・・。
「- たとえば子供いる人なんかは、みんなそうしてるわけでしょ。ジャグリングっていうの、あのボウリングのピンみたいなの、四本も五本も一斉に回してるみたいな生活を毎日してるんでしょ。なのに私、これしきのことで、なんか頭がぐるぐるしちゃって」
都がそう言うと、
「そうか、自転しながら公転してるんだな」 貫一は、そんなことを言ったのでした。
「なあ、おみや」
彼は顔を寄せて都に囁いた。
「地球はどのくらいの速さで、自転と公転してると思う? 」
「そんなの知らないよ」
「地球は秒速465メートルで自転して、その勢いのまま秒速30キロで公転してる」都がぽかんとする。
「地球はな、ものすごい勢いで回転しながら太陽のまわりを回ってるわけだけど、ただ円を描いて回ってるんじゃなくて、こうスパイラル状に宇宙を駆け抜けてるんだ」貫一は炒め物の皿に残っていたうずら卵を楊枝で刺し、それを顔の前でぐるぐる回した。
「太陽だってじっとしているわけじゃなくて天の川銀河に所属する2千億個の恒星のひとつで、渦巻き状に回っている。だからおれたちはぴったり同じ軌道には一瞬も戻れない」「さっきから何言ってんの? 」
「いや、面白いなって思って。おれたちはすごいスピードで回りながらどっか宇宙の果てに向かってるんだよ」
都は貫一の顔を覗きこんだ。瞼がとろんとしている。顔には出ていないが相当酔っぱらっているのかもしれない。(本文より/P102~103)
この時、貫一が都に対し、実は何が言いたかったのか。彼が思うところの、何を彼女に伝えようとしたのかは、正直よくわかりません。ただ漠然としたこの世界のあり様 - 抗いようのない、そのニュアンスみたいなものだったのでしょうか。
それだけでは飽き足らず、さらに貫一の話は続くのですが、都はもうどうでもよくなっています。そもそも何の話かわからない上に、飲みすぎではないかと都に言われ、実は俺もわからなくなってきたと、貫一は急に素直に自分の酔いを認めたのでした。
その後、二人は付き合い出すのですが、恋と呼ぶのもどうかと思う二人の恋が成就するかどうかは、最後の最後までわかりません。そのまどろっこしさこそが、勘所だろうと。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆山本 文緒
1962年神奈川県生まれ。2021年10月13日(58歳)没。
神奈川大学経済学部卒業。
作品 「恋愛中毒」「プラナリア」「アカペラ」「ブルーもしくはブルー」「パイナップルの彼方」「自転しながら公転する」「ばにらさま」「無人島のふたり」他多数
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