『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』(谷川俊太郎)_書評という名の読書感想文

『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』谷川 俊太郎 青土社 1975年9月20日初版発行

とてもシンプルで美しい表紙です。
そして、なんて魅力的なタイトルなんでしょう。
・・・・・・・・・・
すごく恥ずかしい思い出があります。
私が30歳を過ぎたばかりの頃、職場の女の子に結婚式のスピーチを頼まれました。彼女は私にとって直属の部下でも何でもなくて、同じ建物の中で働く後輩くらいの存在でした。同僚と一緒に何度か食事をした程度で、実は私は彼女のことをよく知っているわけではなかったのです。
彼女は、私の営業先だった喫茶店の娘でした。仕事で毎日のように店に顔を出していましたので、彼女の両親に娘の仕事ぶりを報告するのが何となく私の役目になっていました。彼女には偶々すれ違うタイミングで声をかけたりはしていましたが、まさか結婚式に招待され、スピーチをすることになるとは思いもしませんでした。彼女への声がけは彼女を気遣ってというより、むしろ彼女の両親=取引先へのアピールという意味合いの方がはるかに強くて、彼女を邪険に扱えなかったというのが正直なところです。

そんな疚しい自分の気持ちが見透かされないために、私はスピーチでこの詩集を紹介したのです。当時一番私が拠り所にしていた気持ちを、彼女へのせめてもの祝福のメッセージに込めたいと思いました。自分が大切にしているフレーズを詠み上げて、その心境を朗々と語った・・つもりでしたが、すべては空回り、気負いだけが浮き立ったひとりよがりな話をしていることに私自身が途中で気付いていたのです。
言うべき場所が違っていました。語ろうとした自分が若すぎて、その詩を本当に理解などしていないのに、解ったふりがしたかっただけなのでした。(あぁ、お恥ずかしい)

谷川知子へ
きみが怒るのも無理はないさ
ぼくはいちばん醜いぼくを愛せと言ってる
しかもしらふで

彼女、ごめんなさい。谷川俊太郎さん、申し訳ありませんでした。
伝えようとすればするほど話はぐだぐだになり、何を言いたいのか分からなくなりました。
感じていることを上手く言葉にできませんでした。普通に職場でのエピソードを披露して、明るく振る舞う貴女をただ讃えればよかった。新郎にも悪いことをしました。
スピーチの下書きは何度もしたのですが、どう書いても舌足らずな感じで、時間切れをいいことに本番ではきっと上手く話せると臨んだ私が阿呆でした。知子さんへ宛てた、たった三行の言葉さえ私は上手く解説することができなかったのです。

(飯島耕一に)
・・・・・・・・・・
きみはウツ病で寝てるっていうけど
ぼくはウツ病でまだ起きてる
・・・・・・・・・・
きみはどうなんだ
君の手の指はどうしてる
親指はまだ親指かい?
ちゃんとウンコはふけてるかい
弱虫野郎め

ちゃんとウンコはふけてるかい/弱虫野郎め って、言えます? 書けんでしょ。

ついでだから、この詩集に収められた作品の目次を記しておきます。何でもないのに、なんだか詩みたいに読めて不思議です。

□芝生
□夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった
□1965年8月12日木曜日
□ニューヨークの東28丁目14番地で書いた詩
□My Favorite Things
□干潟にて
□シェークスピアのあとに
□ポール・クレーの絵による「絵本」のために
やっぱり手に取って読んでほしいな。あなたの書棚にこの本があれば、きっと私はあなたのことが好きになると思うのです。

(武満徹に)
・・・・・・・・・・
ぼくらの苦しみのわけはひとつなのに
それをまぎらわす方法は別々だな
きみは女房をなぐるかい?

この本を読んでみてください係数 95/100


◆谷川 俊太郎

1931年東京府東京市杉並区生まれ。詩人、翻訳家、絵本作家、脚本家。父は哲学者で法政大学総長の谷川徹三。

東京都立豊多摩高等学校卒業。

作品「二十億光年の孤独」「六十二のソネット」「日々の地図」「よしなしうた」「女に」「世間知ラズ」「シャガールと木の葉」「私」「トロムソコラージュ」

◇ブログランキング

応援クリックしていただけると励みになります。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『世にも奇妙な君物語』(朝井リョウ)_書評という名の読書感想文

『世にも奇妙な君物語』朝井 リョウ 講談社文庫 2018年11月15日第一刷 彼は子

記事を読む

『四とそれ以上の国』(いしいしんじ)_書評という名の読書感想文

『四とそれ以上の国』いしい しんじ 文春文庫 2012年4月10日第一刷 高松の親戚にひきとられた

記事を読む

『村でいちばんの首吊りの木』(辻真先)_書評という名の読書感想文

『村でいちばんの首吊りの木』 辻 真先 実業之日本社文庫 2023年8月15日 初版第1刷発行

記事を読む

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(町田そのこ)_書評という名の読書感想文

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』町田 そのこ 新潮文庫 2021年4月1日発行

記事を読む

『うどん陣営の受難』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『うどん陣営の受難』津村 記久子 U - NEXT 2023年8月25日 第2刷発行 100

記事を読む

『改良』(遠野遥)_書評という名の読書感想文

『改良』遠野 遥 河出文庫 2022年1月20日初版発行 これが、芥川賞作家・遠野

記事を読む

『たまさか人形堂それから』(津原泰水)_書評という名の読書感想文

『たまさか人形堂それから』津原 泰水 創元推理文庫 2022年7月29日初版 人形

記事を読む

『しろがねの葉』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『しろがねの葉』千早 茜 新潮社 2023年1月25日3刷 男たちは命を賭して穴を

記事を読む

『綺譚集』(津原泰水)_読むと、嫌でも忘れられなくなります。

『綺譚集』津原 泰水 創元推理文庫 2019年12月13日 4版 散策の途上で出合

記事を読む

『アルジャーノンに花束を/新版』(ダニエル・キイス)_書評という名の読書感想文

『アルジャーノンに花束を/新版』ダニエル・キイス 小尾芙佐訳 ハヤカワ文庫 2024年5月15日

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『カフェーの帰り道』(嶋津輝)_書評という名の読書感想文

『カフェーの帰り道』嶋津 輝 東京創元社 2026年1月23日 4版

『きっと君は泣く』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『きっと君は泣く』山本 文緒 角川文庫 2026年1月25日 改版初

『彼女たちが隠したかったこと』(一木けい)_書評という名の読書感想文

『彼女たちが隠したかったこと』一木 けい 角川文庫 2026年1月2

『カンザキさん』(ピンク地底人3号)_書評という名の読書感想文

『カンザキさん』 ピンク地底人3号 集英社 2026年1月10日 第

『真珠とダイヤモンド 上下』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『真珠とダイヤモンド 上下』桐野 夏生 朝日文庫 2026年1月25

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑