『たまさか人形堂それから』(津原泰水)_書評という名の読書感想文

『たまさか人形堂それから』津原 泰水 創元推理文庫 2022年7月29日初版

人形と人間を巡る不思議な物語

人形を慈しむことは、ひとの心に向き合うこと。
小さな人形修復店で交錯するさまざまな想い、さまざまな人生。素人店主・澪と職人たちにも転機が訪れ - 名手が贈る珠玉のミステリ連作集

人形を作らない澪さんには、作り手にのしかかる重圧は、永久にわからない - スランプに苦しむ職人の冨永が放った言葉に傷付きながらも、新人店主・澪は人形教室に通って、「作る側」 の心に真摯に向き合おうと努力する。着せ替えドールを巡る騒動、髪が伸びる市松人形・・・・・・・人形修復店に持ち込まれる様々な謎を描く珠玉のミステリ連作集。書き下ろし 「戯曲 まさかの人形館」 を収める。(創元推理文庫)

たまたま、先に出ていた 『たまさか人形堂ものがたり』 を読みました。のちに著者の訃報を知り、続きはないものと諦めていたところ、この本を見つけました。

読み易く上品で、偉ぶるところが一切ありません。そこで働く職人は等しく人形に魅せられた人物で、持ち込まれた各々の人形に (人と) 共に生きた確かな証しを見出すことで、より完璧な修復を目指します。そこでの修復は、人にする治療と何ら変わりはありません。

その一心さ - 物を物とせず、物にも命があるような。古い小さな人形堂の、世俗とは一線を画したような趣きに、心地いいとはこんな本のことを言うのだろうと。

世田谷の街の何処かに若い女性の経営する古い人形屋がある。人形屋と言っても修復が主な業務で、技術は確かだが、少し奇矯なところのある二人の職人が腕を振るっている。店の名前は玉坂人形堂。そこに傷ついた人形とともに持ち込まれる、不可思議だったり不気味だったりする出来事を綴ったたまさか人形堂シリーズの二作目が本書である。

それにしても、超絶的な技術を持つが寡黙で控えめな師村さん、才気煥発で芸術家肌の冨永くんと澪のトリオは絶妙である。三人のスピーディーでアイロニカルなやりとりにもつい笑ってしまう。

滅多に内心を明かさない師村さん、意地の悪いところのある冨永くんを一つの店に繋ぎ止めていられるのは、他人の気持ちを慮る繊細さと思いがけない大胆さを兼ね備えた澪だからこそだろう。優れた才を持ちながら居場所のなかった二人に、澪は気兼ねや制約なしに創造の才を発揮できる場所を提供した。けれど肝心なのは、澪自身も居場所のない人間だったことだと思う。澪には家族の影が薄い。父親と母親はほとんど出てこないし、玉坂堂の前のオーナーであった祖父はオーストラリアで若いパートナーと暮らしているという。澪がいつも引き合いに出すのは亡くなった祖母である。あまり目立たないが、澪も実は孤独な人間なのだ。(解説より)

※この澪という女性をもっと知ってほしいと思います。彼女のキャラクター、その人間性こそが〈たまさか人形堂〉 の最大の個性だと思うからです。彼女は必ずしも商売熱心ではありません。店が潰れない程度の稼ぎがあればそれでよし。人形と人形をこよなく愛する人たちに、いつもいつの日も、囲まれていたいと思っています。

この本を読んでみてください係数 85/100

〇第一作はこちら

たまさか人形堂ものがたり (創元推理文庫)
無職となったために、祖母が営んでいた小さな人形店を継ぐことにした澪。優秀な職人たちの助けを得て、今では人形修復を主軸にどうにか店を営んでいる - 様々な来歴をもつ人形たちを通して人の心の謎を描く、珠玉のミステリ連作集。特別書き下ろし短編収録。

◆津原 泰水
1964年広島県広島市生まれ。
青山学院大学国際政治経済学部卒業。

作品 「蘆屋家の崩壊」「ルピナス探偵団の当惑」「赤い竪琴」「ブラバン」「11 eleven」「ルピナス探偵団の憂愁」「たまさか人形堂ものがたり」他多数

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