『幸福な日々があります』(朝倉かすみ)_恋とは結婚とは、一体何なのか?

『幸福な日々があります』朝倉 かすみ 集英社文庫 2015年8月25日第1刷

「夫としてはたぶんもう好きじゃないんだよね」。三十六歳で結婚をしてから十年を迎える年の正月、お雑煮を食べながら森子 (しんこ) は祐一に告げた。別に嫌いになったわけじゃない。親友としてなら、好き。けれどももう一緒にはいたくない。戸惑う夫を尻目に森子は一人暮らしの準備をし、離婚の手続きを進めようとする - 。恋とは結婚とは、一体何なのか。女性の心に潜む本音が共感を呼ぶ長編小説。(集英社文庫)

この人ならと固く心に決めてする結婚が、うまくいくとは限りません。1年や2年ならともかくも10年ともなれば、何かしら二人の関係が変化するのは当然のことだろうと。

誰しもが、出会った頃のままではいられません。それはそれで致し方ないことではありますが、もしも - 、もしもあなたの妻が、結婚10年目のある日突然あなたに対し、

夫としてはたぶんもう好きじゃないんだよね」 と言ったとしたら、どうでしょう? 

そう言わしめるだけの特段の理由があったわけではないにもかかわらず - とある大学の教育学部の教授である夫のあなたからすれば、社会的にも経済的にも妻は十分満たされていたと信じていたにもかかわらず、妻が 「離婚したい」 と言い出したとしたら・・・・・・・

夫の祐一はおしなべて妻の森子に従順で、偉ぶるところがありません。二人が出会った当初、森子は何より祐一が醸し出すムードが可愛いと感じたのでした。

ぶかぶかのシャツを、袖を折り返して着ているおとなしくてお行儀のいい男の子が、保育園でおかあさんがお迎えにくるのをじっと待っているようないじらしさが感じられる。わたしは、つい、いますぐ行きますからね、といいたくなる。そして、ぎゅうっと抱きしめたくなる。(P35.36)

当時はまだ助教授だった39歳の祐一を見て、森子はそんなふうに思ったのでした。

結婚したいといったのは、森子の方でした。

※男性の私が読むと、なかなかに辛い小説です。その言葉を聞いた瞬間の祐一の驚きと当惑はいかばかりだったかと。梯子を外され無様に宙に浮くような。抗いようのない無力感に唖然とするしかないような。これまでの自分を全否定されたような。

まるで謂れのない状況にいたく同情するばかりではありますが、一方で、どうにも立ち行かなくなった森子の言い分も、わからぬわけではないような・・・・・・・

この本を読んでみてください係数 85/100

◆朝倉 かすみ
1960年北海道小樽市生まれ。
北海道武蔵女子短期大学教養学科卒業。

作品 「肝、焼ける」「田村はまだか」「夏目家順路」「深夜零時に鐘が鳴る」「感応連鎖」「玩具の言い分」「ロコモーション」「恋に焦がれて吉田の上京」「平場の月」他

関連記事

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月20日 初版第1刷発行 認

記事を読む

『薬指の標本』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『薬指の標本』小川 洋子 新潮文庫 2021年11月10日31刷 楽譜に書かれた音

記事を読む

『リバース&リバース』(奥田亜希子)_書評という名の読書感想文

『リバース&リバース』奥田 亜希子 新潮文庫 2021年4月1日発行 大切なものは

記事を読む

『緋色の稜線』(あさのあつこ)_書評という名の読書感想文

『緋色の稜線』あさの あつこ 角川文庫 2020年11月25日初版 ※本書は、201

記事を読む

『おもかげ』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『おもかげ』浅田 次郎 講談社文庫 2021年2月17日第4刷発行 孤独の中で育ち

記事を読む

『月桃夜』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『月桃夜』遠田 潤子 新潮文庫 2015年12月1日発行 この世の終わりなら ふたりの全てが許され

記事を読む

『後悔病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『後悔病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2017年4月11日初版 33歳の医師・早坂ルミ子は末期のがん

記事を読む

『きみのためのバラ』(池澤夏樹)_書評という名の読書感想文

『きみのためのバラ』池澤 夏樹 新潮文庫 2010年9月1日発行 予約ミスで足止めされた空港の空白

記事を読む

『末裔』(絲山秋子)_書評という名の読書感想文

『末裔』絲山 秋子 河出文庫 2023年9月20日 初版発行 家を閉め出された孤独な中年男の

記事を読む

『きみは誤解している』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『きみは誤解している』佐藤 正午 小学館文庫 2012年3月11日初版 出会いと別れ、切ない人生に

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑