『傲慢と善良』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2019/04/30 『傲慢と善良』(辻村深月), 作家別(た行), 書評(か行), 辻村深月

『傲慢と善良』辻村 深月 朝日新聞出版 2019年3月30日第1刷

傲慢と善良

婚約者が忽然と姿を消した。その居場所を探すため、西澤架は、彼女の 「過去」 と向き合うことになる・・・・・・・。生きていく痛みと苦しさ。その先にあるはずの幸せ - 。

本屋大賞かがみの孤城の著者が贈る 圧倒的な “恋愛” 小説

進学、就職、恋愛、
友情、結婚、家族 ・・・・・・・。
あらゆる選択を決断してきたのは、本当に
私自身なのだろうか。(朝日新聞出版)

地方都市の閉塞感と女のイヤな部分を書かせたら当代一の作家・辻村深月が描く - 、これは “自立” の物語である。男であれ女であれ、多かれ少なかれ誰もが思うはずです。ひょっとするとこれは、私自身の話ではないのだろうかと。

描かれているのは、何も恋愛や結婚の話だけではありません。例えば、進学や就職に関し、あなたは、それらを自ら選択し望んで事を成したと胸を張って言えるでしょうか。

親の勝手な思惑や根回しを煩わしく感じながらも、どこかで期待してはいなかったでしょうか? 言われるままに進学した学校やコネで入れた就職先に、さしたる不服や不満を覚えず、気付かぬ内に自ら進んで勝ち取った成果のように錯覚してはいないでしょうか?

結婚や恋愛についてはどうでしょう? さすがに三十歳を過ぎればそこまではと思うのですが、それまでの人生の大半が親がかりだった真実(まみ)にしてみれば、安易に思えたはずの恋愛や、いずれすることになる結婚の、イメージすら掴むことができません。

彼女は至って真面目な性格で、それが災いで深く男性と付き合ったことがありません。付き合うには臆病過ぎて、というか、自分の全てに自信が持てずに機会を逃してばかりいます。

但し、自分のことを低くみているかというと、そうではありません。彼女の内心は、地方で生まれ育った者にはありがちな、そこでのみ通用する、強固なまでのプライドに満ち充ちています。ささやかではあるものの、それは彼女にとって生きる支えになっています。

親の言いなりにしてきたものが、いつの間にやら望んで勝ち取ったものへと変化を遂げ、それを支えに生きている。そのことに、架(かける)は気付きません。東京で生まれ東京のことしか知らない彼は、真実の内実に気付けないでいます。
・・・・・・・・・・・・・・
架は、生まれ故郷の群馬にいた頃の真実のことをまるで知りません。三十歳を過ぎて東京へ出てきた彼女と知り合い、二人は結婚することを決意します。その矢先、真実からストーカーにつき纏われているからすぐに助けに来てほしいという一本の電話が入ります。

聞くと、ストーカーは彼女が以前故郷の群馬で婚活をし、何度が会った後、交際を断った相手ではないかといいます。すぐにも警察に届けようと言う架に対し、なぜか真実は、あるいは彼女の母親や父親は素直に同意しようとしません。できれば警察には言わないで済ませたいと言います。

その後、架の前から真実が突然姿を消します。携帯は繋がらず、何一つ連絡がないままに二週間が過ぎます。真実の行方は杳として知れません。

実は、このことは、架と真実の、二人が生まれて何気に過ごしてきた土地や家族の違いといったものに大きく関係しています。

東京で生まれ育った者と、地方で生まれ、地方で生きる者との違い。「全国共通」 の学歴と 「地方でのみ通用する」 学歴の落差。臨時職員とは言わず、県庁に勤めていると言えばそれなりに辻褄が合う地方の姑息さと息苦しさは、おそらく架には理解できません。

三十歳を過ぎて未だ処女の真実には、今更否定しても否定し切れないだけの過去があります。過去は、彼女の 「傲慢さ」 に比例しています。自分の価値観に重きを置き過ぎて、それにがんじがらめになっています。彼女は、おしなべて男性を色眼鏡で見ています。

もとより彼女は善良な人間なのですが、その善良さは、過ぎれば、世間知らずとか、無知ということになります。無知は、あるいはごく限られた範囲の常識は、時として無類の 「傲慢さ」 を生む結果となります。

架と結婚するまでの彼女は、自分の 「傲慢さ」 に気付きもしません。善良過ぎるくらい善良な彼女に対し、架もまた架で、己の 「傲慢さ」 に気付けないでいます。

この本を読んでみてください係数 85/100

傲慢と善良

◆辻村 深月
1980年山梨県笛吹市生まれ。
千葉大学教育学部卒業。

作品 「冷たい校舎の時は止まる」「凍りのくじら」「ツナグ」「太陽の坐る場所」「鍵のない夢を見る」「朝が来る」「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」「かがみの孤城」他多数

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