『公園』(荻世いをら)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『公園』(荻世いをら), 作家別(あ行), 書評(か行), 荻世いをら

『公園』荻世 いをら 河出書房新社 2006年11月30日初版

先日、丹下健太が書いた小説 『青色讃歌』 を紹介しましたが、今回もその時の気分によく似た動機でこの本のことを書いてみようと思い立ちました。たまたまですが2人が京都に縁のある人で、たまたま私もそうだという、たったそれだけの理由なのですが。

しかし、これがなかなかに面白いわけで、丹下健太と荻世いをら(それにしても変な名前です。ご両親はどうしてこんな名前を思い付いたんでしょう。断っておきますが荻世いをらは男性です。勘違いなさらぬよう)は、同じような時期に文藝賞を受賞しています。

荻世いをらの方が一個早くて第43回、丹下健太が第44回の受賞。受賞年齢は荻世の方が若干若くて20代の前半、丹下は29歳。いずれも20代での受賞で前途洋々に思えたのですが、これはちょっと寂しい共通点で、彼らのその後の消息がわかりません。

小説を書いてはいるようですが、最近はまず書店で見かけませんし、文藝賞以後話題に上ることもありません。荻世いをらは元々映画が好きで、学生時代は小説に先駆けて映像関係の賞を獲っているような人なので、もしかするとそちらを本業にしているのかも知れません。

さて、この 『公園』 という小説ですが、これが何とも 「とりとめのない」 話で、専門家の意見は別にして、一般読者の感想はまあバラバラで、どちらかといえばやや否定的な意見の方が多いといったところでしょうか。

中には 「これは文学ではない」 であるとか、「せいぜい大衆小説である」 とか、かなりひどい言い方をされているのですが、面白いのは、そんな風にこき下ろしておきながら、最後には、まあなんだかんだで 「ラストまで一気に読めました」 とくるわけです。

なんじゃそりゃ!? - なら最初からそう書けよ、って話です。本当は結構ハマって読んだくせに、結局何が書いてあって、何が言いたいのかがよくわからない。もしくは、上手く言葉にする自信がないので中途で諦めて投げ出した・・・・・・・、だけのことではないですか?

「わかるわからない」 は重要ですが、それよりもっと大事なことは 「面白かったかどうか」 でしょ。もちろん 「面白い」 にも色々な 「面白い」 があるのはわかります。けれども、そもそも 「面白い」 本に出合ったことをまず謙虚に感謝するべきだし、「一気に読めた」 のなら、それは間違いなくあなたの心を掴んだ 「面白い」 本だということです。

荻世いをらは、こんなことを言っています。

「あいつは才能がない」 とか簡単に言う人がいますが、才能がない人なんていません。例えば育ってきた環境、名前などは人によって違うもの。それはれっきとした個性であり、つきつめれば表現になり得るんです。

彼は、実に優しく他者を見つめます。そのまなざしこそが、この小説の小説たる所以だと私は思っています。主人公の 「ぼく」 は、友人や周囲の人間に対して、余計な詮索や、批判や弁明、などといったものを一切しません。

それは一見突き放したような、あるいは尻切れトンボで結論がないように思えるかも知れませんが、私には、「ぼく」 という人間が安易に他者の領分に立ち入らぬよう精一杯気を付けて、できるだけ対等な関係でいようとしているように思えます。

「ぼく」 には、いたずらな偏見や人からすり込まれた先入観といったものがありません。自分を見つめる確かな目を持っています。それと同時に、他者を他者だと認めるもうひとつの目、目の前の在り様をあるがまま受け入れようとする律儀な心の目を持っています。

実にさっくりしたものですが、「BOOK」データベースの説明ではこんな物語になります。

公園 → 新宿 → 下田 → ニューヨーク、そしてグラウンドゼロ。世界の縮図・公園からはじまる、ぼくとオノサの終わりなき移動。第43回文藝賞受賞。

「ぼく」 は最初公園に来て、色んな人が思い思いの場所で好き勝手なことをしている光景を見るに及んで、公園ほど気味の悪い場所は無いと思います。よく見れば、公園は 「とてつもなく把握できない空間」 で、調和なんておかまいなしにみんなが何かしらやっている所にしか見えません。

「まるで世界の縮図のようだ」 と、「ぼく」 は考えます。そして、「これからどうしようか」 などと思うのですが、それはよくある悩みで、実のところ、「ぼく」 はなんだか色々やる気が起こりません。

※ この後、「ぼく」 は友人のオノサの頼みで下田へ行くことになります。そして、次がニューヨーク。オノサの他には、イクヨンとマルという2人の友人が登場します。出番はほんの僅かですが、オノサと同様に、彼らが 「ぼく」 にはかけがえのない人間であることがとてもよくわかります。ちなみにイクヨンは韓国人、マルは在日の韓国人です。

この本を読んでみてください係数  85/100


◆荻世 いをら
1983年京都府長岡京市生まれ。
早稲田大学第二文学部表現・芸術系専修卒業。

作品 「東京借景」「ピン・ザ・キャットの優美な叛乱」など

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