『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』羽田 圭介 講談社文庫 2018年11月15日第一刷

※コンテクストとは、文章などの前後の関係。文脈。事件や出来事にかかわる事情や背後関係のことをいいます。

編集者須賀は作家と渋谷で打ち合わせ中、スクランブル交差点で女の子を襲うゾンビを目撃する。各地で変質暴動者=ゾンビの出現が相次ぐ中、火葬されたはずの文豪たちまで甦り始め・・・・・・・。
デビュー10周年の極貧作家K、久しぶりに小説を発表した美人作家の桃咲カヲル、家族で北へ逃げる小説家志望の南雲晶、区の福祉事務所でゾンビ対策に追われるケースワーカーの新垣、ゾンビに噛まれてしまった女子高生の青崎希。 この世界で生き残れるのは誰なのか? (講談社BOOK倶楽部より)

羽田圭介の芥川賞受賞第一作 『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』 を読みました。この小説のテーマは、ずばり - あなたは まだ生きていますか? - ということです。

ただ漫然とではなく思う通りに、あなたは、あなたらしく生きていますか? - と問いかけられています。自分のする発言や行動、そのおおもととなる主義や主張の大方は、いつかどこかで見たり聞いたりしたことの受け売りではないのですか、と訊かれています。

多くの人は、今、自分はどの位置なんだろう、と不安に思いながら生きている。あの人にはかなわないけれど、正直、この人には負けていないだろうと値踏みしている。代わりがいない唯一無二の自分になりたいけれど、「私は私だから」 みたいな言い分を恥ずかしがらずに言える人が、陰で笑われているのを知っている。

だから、ああはなりたくない。人はそうやって差異を怖がるし、怖がりながらも差異を探す。どちらかだけにはできない。自分に有利な差異があればそのままにし、不利な差異を見なかったことにしたり、懸命に消そうとしたりする。

そうやって都合の良い作業ばかりを繰り返していると、やがて自分の歪みに気づかなくなる。目の前に現れるものを捌く能力だけが高まっていく。自分が消費されるのを恐れるあまりに、人のせいにするのが巧みになってくる。(武田砂鉄/解説より)

なるほどその通りだろうと。(氏の言う通り) 人は人を値踏みばかりしています。他人(ひと)は他人、自分は自分と - 心では思いつつ改めてその自分を眺めると、一々他人を意識し、自分と他人とを絶えず比較している 「自分」 に気付きます。さして変わりはないくせに、「自分は違う」 と躍起になって・・・・・・・

閑話休題。

ある時期集中してこの人の小説を読んでいたので言えるのですが、受賞作の 『スクラップ・アンド・ビルド』 よりもむしろこちらの方が 「羽田圭介が書いた小説」 らしい感じがします。

帯に 「衝撃の芥川賞受賞後第1作」 とありますが、実は、この小説は羽田圭介が 『スクラップ・アンド・ビルド』 で芥川賞を受賞する以前にほぼ完成していたものです。

とすると、作中に登場する極貧作家・Kというのは、その頃 (芥川賞受賞以前) の羽田本人がモデルであるに違いありません。

その頃彼は相当に 「屈折」 していたのだと思います。もとよりゾンビ映画が大好きで、映画に出てくるゾンビのありようと、書いても書いても売れない作家の自分のありようが、ある時ふとリンクしたのだそうです。ゾンビが書きたかったわけではありません。その頃の彼の心の荒廃や、作家を生業とすることへの忸怩たる思いが、これでもかというほどに詰め込まれています。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆羽田 圭介
1985年東京都生まれ。
明治大学商学部卒業。

作品 「黒冷水」「盗まれた顔」「ミート・ザ・ビート」「御不浄バトル」「不思議の国の男子」「走ル」「スクラップ・アンド・ビルド」「メタモルフォシス」他

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