『ミスター・グッド・ドクターをさがして』(東山彰良)_書評という名の読書感想文

『ミスター・グッド・ドクターをさがして』東山 彰良 幻冬舎文庫 2014年10月10日初版

医師の転職を斡旋する会社に勤めるいずみは32歳。クライアントは落ちこぼればかり。上司はやる気ゼロ。男に遊ばれ、飼い猫は入院中・・・舌打ちしながら家を出る毎日に刺激はなかった。だが、ある日を境に周囲で不穏な事件が連続して起こる。露出狂の出没、臓器移植の隠蔽、医師の突然死 - 。彼女は自身の再生もかけ、事件の真相を追い始める。(幻冬舎文庫解説より)

(解説を読んで知ったことなのですが)タイトルになっている - ミスター・グッド・ドクターをさがして - というフレーズは、実は1977年のアメリカ映画「ミスターグッドバーを探して」から採られているようです。

何だか〈もっちゃり〉した、イケてないタイトルだと思っていたら、ちゃんとした理由があるのです。タイトルだけではありません。映画の内容を知ると、東山彰良がどんなイメージを元にこの小説を書いたのかが、何とはなしに分かる気がします。

簡単に言うと、この映画は「美しい教師が麻薬とセックスに溺れ、やがて身を滅ぼしていく様子」を描いています。シングルズ・バーで男漁りをするようになった女教師が哀しい末路を迎えるという筋書きで、タイトルにある「グッドバー」とは、つまりは男性のアレのことなのです。

アレはあくまで象徴で、この小説では「グッド・ドクター」を「グッドバー」にひっかけて、医者と言えどもなかなかに良い男はいませんよ、という話。

露悪的な性癖の持ち主や臓器移植に関わる卑劣な犯罪、果ては薬物絡みの死亡事件 - およそ医者にはあるまじき医者たちが引き起こす、常軌を逸したあれやこれやが巻き起こります。

小説は4部構成。「ミスター・グッド・ドクターをさがして」で始まり、「ミスター・グッド・ドクターにご用心」「ミスター・グッド・ドクターにおねがい」「ミスター・グッド・ドクターによろしく」と続きます。

主役は国本いずみ、32歳。転職先を医者に斡旋する「株式会社医師転職サポート会」で働くOLで、元は夜の世界に君臨していた滅法美人のホステスです。いずみのサポート役が親友の沢渡絢子。絢子は今でも現役のホステスで、〈トリシア〉という店のママをしています。いずみと絢子は、ホステス時代の仲間なのです。

いずみは一本気で強気な性格。こうと決めたら社長であろうとクライアントだろうと容赦はしません。そもそも相談にくるのは男の医者ばかりで、その上ろくな人間がいません。社長は仕事もせずに競艇狂い。彼女は、そんな男たちに我慢ならないのです。

かつてホステスだった頃、いずみはこんなことを思っていました - こんな茶番のいったい何が楽しいんだろう? 世界中の男がひとり残らず大馬鹿者に思えてくる絶望感、夜のすべてを男と女という文脈で語らなければならない徒労感、そして、男たちの瞳に映った自分の姿を見たときの嫌悪感! ・・・

故にいずみはホステスをやめ、今の会社で働いています。もとより男性優位の社会にこそ腹を立てている彼女ですから、甘えたなりをした男の医者の言い訳など言語道断です。うんざりなのですが、そこは仕事と割り切ってきっちり片を付けて行きます。

但し、彼女は強いだけではありません。女であることを十分自覚しており、(本意ではないにせよ)仕事に利用したりもします。ときに「女であること」を重荷と感じ、呆れたりもするのですが、結局最後には「女だからしょうがない」と受け入れ、諦めもします。
・・・・・・・・・・
ジャンルで言うと「犯罪小説」・・・でしょうが、正直ちょっと期待外れ。(ここからは「超個人的」な意見ですが)作者の優しさが仇となって、その分だけ円く穏やかになっているような感じがします。

悪いことはあくまで悪く、エグいところは、もうこれでもかというくらいのエグさで書いて欲しかった。たぶん、この小説を書いていた頃の東山彰良サンは何かに遠慮しています - 遠慮して、本当に書きたいふうには書いてないんじゃないかと思います。

そう感じるので、あまり文句は付けずにおこうと思います。だってこのあと彼が書くのは、あの『ブラックライダー』であり、直木賞をとった『流』なのですから。そこへ至るまでのステップだと思えば、何てことはないのです。

この本を読んでみてください係数 75/100


◆東山 彰良
1968年台湾生まれ。5歳まで台北、9歳で日本に移る。福岡県在住。本名は王震緒。
西南学院大学大学院経済学研究科修士課程修了。吉林大学経済管理学院博士課程に進むが中退。

作品「逃亡作法 TURD ON THE RUN」「路傍」「ブラックライダー」「流」「ラブコメの法則」「キッド・ザ・ラビット ナイト・オブ・ザ・ホッピング・デッド」など

関連記事

『死刑について』(平野啓一郎)_書評という名の読書感想文

『死刑について』平野 啓一郎 岩波書店 2022年6月16日第1刷発行 死刑を存置

記事を読む

『ひと呼んでミツコ』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文

『ひと呼んでミツコ』姫野 カオルコ 集英社文庫 2001年8月25日第一刷 彼女はミツコ。私立薔薇

記事を読む

『半自叙伝』(古井由吉)_書評という名の読書感想文

『半自叙伝』古井 由吉 河出文庫 2017年2月20日初版 見た事と見なかったはずの事との境が私に

記事を読む

『さいはての彼女』(原田マハ)_書評という名の読書感想文

『さいはての彼女』原田 マハ 角川文庫 2013年1月25日初版 25歳で起業した敏腕若手女性

記事を読む

『夜は終わらない』上下 (星野智幸)_書評という名の読書感想文

『夜は終わらない』上下 星野 智幸 講談社文庫 2018年2月15日第一刷 「婚約者が自殺した」と

記事を読む

『私が殺した少女』(原尞)_書評という名の読書感想文

『私が殺した少女』 原 尞 早川書房 1989年10月15日初版 私立探偵沢崎の事務所に電話をして

記事を読む

『歌舞伎町ゲノム 〈ジウ〉サーガ9 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『歌舞伎町ゲノム 〈ジウ〉サーガ9 』誉田 哲也 中公文庫 2021年10月25日 初版発行

記事を読む

『透明な迷宮』(平野啓一郎)_書評という名の読書感想文

『透明な迷宮』平野 啓一郎 新潮文庫 2017年1月1日発行 深夜のブタペストで監禁された初対面の

記事を読む

『不思議の国の男子』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『不思議の国の男子』羽田 圭介 河出文庫 2011年4月20日初版 年上の彼女を追いかけて、お

記事を読む

『ママがやった』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『ママがやった』井上 荒野 文春文庫 2019年1月10日第一刷 「まさか本当

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『連続殺人鬼カエル男 完結編』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『連続殺人鬼カエル男 完結編』中山 七里 宝島社 2024年11月

『雪の花』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『雪の花』吉村 昭 新潮文庫 2024年12月10日 28刷

『歌舞伎町ゲノム 〈ジウ〉サーガ9 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『歌舞伎町ゲノム 〈ジウ〉サーガ9 』誉田 哲也 中公文庫 2021

『ノワール 硝子の太陽 〈ジウ〉サーガ8 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ノワール 硝子の太陽 〈ジウ〉サーガ8 』誉田 哲也 中公文庫 2

『救いたくない命/俺たちは神じゃない2』(中山祐次郎)_書評という名の読書感想文

『救いたくない命/俺たちは神じゃない2』中山 祐次郎 新潮文庫 20

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑