『寝ても覚めても』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/12 『寝ても覚めても』(柴崎友香), 作家別(さ行), 書評(な行), 柴崎友香

『寝ても覚めても』柴崎 友香 河出文庫 2014年5月20日初版

謎の男・麦(ばく)に出会いたちまち恋に落ちた朝子。だが彼はほどなく姿を消す。三年後、東京に引っ越しした朝子は、麦に生き写しの男と出会う・・・・そっくりだから好きになったのか? 好きになったから、そっくりに見えるのか? めくるめく十年の恋を描き野間文芸新人賞を受賞した話題の長編小説! 「ラスト三十ページ間で起こることは生涯忘れることができない」解説◎豊崎由美(河出文庫)

例えば、物語はこんな感じで綴られてゆきます。

- 六本木駅で降りると、壁に「地下四十メートル」の表示があった。とても長いエスカレーターの途中に「地下三十メートル」もあった。エスカレーターが終わると、また次のエスカレーターがあった。上がると、さらにエスカレーターが現れた。改札があった。ICカードを自動改札にかざして反応する瞬間が好きで、毎回なにかちょっとした正しい行いをした気持ちになった。またエスカレーターがあった。壁に、麦の顔があった。

細切れに目の前の景色が綴られ、中に(唐突に)少しばかりの感情の吐露があり、気付くとそれらの後に続いて「主文」があります。時々、わざと行を空け、まるでアクセントのようにして、関係あるかないかがよくわからない何行かの文章があります。

先の文章の後には - 六本木ヒルズ森タワーは、太い。- とあります。

都営地下鉄大江戸線に乗り、六本木駅で降りた朝子は、地上を目指すエスカレーターに乗ります。するとそこから見える壁に貼られたポスターに、彼女は、忘れたくても忘れられない(昔の)男、鳥居麦が写っているのを発見します。

朝子は、かつて大阪にいたとき彼と知り合い、突然のようにして激しい恋に落ちます。それはもう激しいとしか言い様のない恋で -「どうしよう。こんなに都合のええことあってええんかなあ」で始まり、友達の春代から「ああいう人が好みなーん? 」と訊かれると、

「好みとかそんなんじゃなくて、ああ、これがわたしを待ってたそのものやったんやなって」と言い返します。彼の名前は、麦と書いて、ばく。麦が言うには、父親が穀物の研究をしており、妹は、米と書いて、まい。それよりはましかと。

ばく - 。昨日麦に会ってからまだ十五時間ぐらいしか経っていない。朝子はそれが信じられない気持ちでいます。そのあいだ中、自分がずっと眠らないで目が覚めているというのが、すごいことだと思ったりします。
・・・・・・・・・
それから、十年が経ちます。朝子は三十歳を過ぎ、東京暮らしをしています。麦とはしばらく付き合い、その年の冬、彼は上海に行くと旅立って消息を絶ったきりになっています。

※ ここからしばらくはまるで「ドラマ」のような展開になります。が、解説にある「ラスト三十ページ」を信じて、我慢して読んでください。ドラマのようには決して終わらない、予想外の顛末にきっと驚くことになります。

- 少しだけヒントを。

このあと朝子は、まるで麦そっくりな青年、丸子亮平なる男性と知り合います。いつしか二人は付き合い始めるのですが、そんな折、朝子は人気急上昇中の新人俳優となった麦と、テレビの画面を通して再会することになります。

さて、あれほど好きだった、しかしそんな自分を置いてきぼりに、行方知れずになった男が突然スターになって目の前に現れた。しかも、今の自分はその男とそっくりな別の男に恋をしている・・・・・

そっくりだから好きになったのか? 好きになったから、そっくりに見えるのか?

朝子は最初、勘違いしています。そしてそれは、読み手のわれわれを、ちょっと嫌な気分にさせます。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆柴崎 友香
1973年大阪府大阪市大正区生まれ。
大阪府立大学総合科学部国際文化コース人文地理学専攻卒業。

作品 「きょうのできごと」「次の駅まで、きみはどんな歌をうたうの?」「青空感傷ツアー」「フルタイムライフ」「また会う日まで」「その街の今は」「春の庭」他多数

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