『二千七百の夏と冬』(上下)(荻原浩)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/11
『二千七百の夏と冬』(上下)(荻原浩), 作家別(あ行), 書評(な行), 荻原浩
『二千七百の夏と冬』(上下)荻原 浩 双葉文庫 2017年6月18日第一刷
[物語の発端。現代の話]
ダム工事の現場で、縄文人男性と弥生人女性の人骨が発見された。二体はしっかりと手を重ね、互いに向き合った姿であった。三千年近く前、この男女にいったいどんなドラマがあったのか? 新聞記者の佐藤香椰は次第に謎にのめりこんでいく - 。そして本編[はるか昔の古代人の話]
紀元前七世紀、東日本。谷の村(ピナイ)に住むウルクは十五歳。野に獣を追い、木の実を集め、天の神に感謝を捧げる日々を送っている。近頃ピナイは、海渡りたちがもたらしたという神の実〈コーミー〉の噂でもちきりだ。だが同時にそれは「災いを招く」と囁かれてもいた。そんなある日、ウルクは足を踏み入れた禁忌の南の森でカヒィという名の不思議な少女と出合う。第5回山田風太郎賞受賞作。(双葉文庫 上巻の解説より)
これは今から二千七百年前の〈縄文人〉が主人公の小説です。主人公の名前は、ウルク。彼は十五歳の少年です。
ある日ウルクは村の禁忌を破り、誰も知らない、行ってはならぬ〈南の森〉へと分け入ります。それが村の長、カンジェ・ツチィの知るところとなり、彼はピナイを追放されることとなります。ピナイ以外の村を知らない彼は絶望し、悲嘆に暮れます。
ウルクに対し、村に戻れるある条件が提示されます。森を抜け、誰も見たことがない海渡りと出合い、彼らがもたらしたという神の実〈コーミー〉を持ち帰れと。ウルクにとってそれは果てしなく困難で不可能に思われたのですが、それでも彼は行く決心をします。
※海渡り:〈魚喰い〉と呼ばれている海の縁(ワタのフチ)に住む人々とは別の海から来た「人」とは違う人間のこと。姿を見たものはピナイにはいません。
※コーミー:コーミーのことはピナイでも知られています。しかしそれは魚喰いたちのまた聞きをさらに耳にしているだけで、見た者はいないし、詳しいことは誰も知りません。魚喰いたちの言葉で言えば神(カン)の実。ピナイの言葉で言うと、神(カミィ)の実。
春にひと粒の種を播けば、秋には多くの穂が実り、一株の穂だけで腹が満ちる食い物になり、次の年、一株のすべての穂の種を播けば、一家が一年、一日二食を賄うほどの食い物になると噂されています。聞くとそれはまるで呪術で、だから、神の実と呼ばれています。
・・・・・・・・・
帯の言葉を借りると - 縄文から弥生へ 時代のうねりに翻弄された悠久の愛の物語 - となります。
小説は、現代と、縄文から弥生時代にかけての東日本の間を行ったり来たりします。しかし、あくまでも中心は縄文時代。そのとき闘った一人の勇者と、勇者と共に運命に従った少女がたどる、愛と冒険の物語です。
途中途中に出て来る佐藤香椰(地方新聞の記者)と松野(県立大学の准教授)のやりとりが、(うまい具合に)主たる話の解説にもなっています。中に出て来る多くの造語(おそらくは荻原浩のオリジナル)について、今の、何を指すかがわかるようになっています。
読むと、案外シンプルなのがわかります。単純でストレートな分不思議とリアルで、ウルクと猛獣との戦いに手に汗を握り、ウルクとカヒィの交情(それはそれは熱く激しい交わりです)に、思わず頬を赤らめるに違いありません。
〈コーミー〉は暮らしを豊かにする神の実か、それとも災いの種なのか。(中略)初めて目にする村の外、ウルクは世界の大きさを知る。しかし、そんな彼を執拗につけ狙う存在がいた。金色の陽の獣・キンクムゥ。圧倒的な力と巨軀を持つ獰猛な獣に追い詰められたウルクは、ついに戦いを決意する - 。一方、新聞記者の佐藤香椰は、死してなお離れない二体から、ある大切な人を思い出していた。(下巻の解説より抜粋)
ウルクは南の森奥深く分け入り、さらに南を目指します。いっときは永遠に抜け出せないのではないかとすら思えた場所だったものが、この時ウルクには、さほど広いとは思えなくなっています。
ササ原はササ原だ。その向こうにはイーの山。ピナイからいつも見えていた北の山々の姿はここからはもう見えない。西の山峰も見慣れたものとは全く違う姿だ。皆に教えてやりたい心持ちだった。
南の森はただの森だ。死者の国でも、この世の涯でもない。初めての風景に目を奪われたウルクには、自分が世界のすべてと考えて生きてきた場所が、とても狭いもののように思えた。
海渡りが暮らす〈クニ〉に辿り着き、ウルクが前に森で出会ったカヒィと巡り合うのは、もう少し先のことになります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆荻原 浩
1956年埼玉県大宮市生まれ。
成城大学経済学部卒業。
作品 「オロロ畑でつかまえて」「コールドゲーム」「明日の記憶」「誰にも書ける一冊の本」「あの日にドライブ」「四度目の氷河期」「砂の王国」「海の見える理髪店」他多数
関連記事
-
-
『ユージニア』(恩田陸)_思った以上にややこしい。容易くない。
『ユージニア』恩田 陸 角川文庫 2018年10月30日17版 [あらすじ]北陸・K
-
-
『完璧な病室』(小川洋子)_書評という名の読書感想文
『完璧な病室』小川 洋子 中公文庫 2023年2月25日改版発行 こうして小川洋子
-
-
『夜の側に立つ』(小野寺史宜)_書評という名の読書感想文
『夜の側に立つ』小野寺 史宜 新潮文庫 2021年6月1日発行 恋、喪失、秘密。高
-
-
『沈黙の町で』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文
『沈黙の町で』奥田 英朗 朝日新聞出版 2013年2月28日第一刷 川崎市の多摩川河川敷で、
-
-
『肉弾』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文
『肉弾』河﨑 秋子 角川文庫 2020年6月25日初版 大学を休学中の貴美也は、父
-
-
『まずいスープ』(戌井昭人)_書評という名の読書感想文
『まずいスープ』戌井 昭人 新潮文庫 2012年3月1日発行 父が消えた。アメ横で買った魚で作
-
-
『ネメシスの使者』(中山七里)_テミスの剣。ネメシスの使者
『ネメシスの使者』中山 七里 文春文庫 2020年2月10日第1刷 物語は、猛暑日が
-
-
『地獄への近道』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文
『地獄への近道』逢坂 剛 集英社文庫 2021年5月25日第1刷 お馴染み御茶ノ水
-
-
『なぎさ』(山本文緒)_書評という名の読書感想文
『なぎさ』山本 文緒 角川文庫 2016年6月25日初版発行 人生の半ば、迷い抗う
-
-
『茄子の輝き』(滝口悠生)_書評という名の読書感想文
『茄子の輝き』滝口 悠生 新潮社 2017年6月30日発行 離婚と大地震。倒産と転職。そんなできご