『舞台』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/12 『舞台』(西加奈子), 作家別(な行), 書評(は行), 西加奈子

『舞台』西 加奈子 講談社文庫 2017年1月13日第一刷

太宰治『人間失格』を愛する29歳の葉太。初めての海外、ガイドブックを丸暗記してニューヨーク旅行に臨むが、初日の盗難で無一文になる。間抜けと哀れまれることに耐えられずあくまで平然と振る舞おうとしたことで、旅は一日4ドルの極限生活に - 。命がけで「自分」を獲得してゆく青年の格闘が胸を打つ傑作長編。(講談社文庫)

自意識過剰な青年の馬鹿馬鹿しくも切ない魂のドラマ! とあります。

読むと確かにそうなのですが、感動的であるとか、最後は思わず泣けてしまった - とはなりません。葉太という青年を極端にデフォルメしている点を斟酌し、仮に共感するにはしたとしても、それで良い小説かというとそうは思えないのです。

できそこないの息子がする「自分探しの旅」は、如何にもあるような「勘違い」としか思えないのです。葉太に限らず誰もがそうで、言えばきりのないことであるように思います。なぜ葉太を、ほかにいる若者たちと区別して扱うのか。そこがわかりません。

巻末にある早川真理恵という女性(結構美形で上智大学を出ている才色兼備なタレントさん。私は知らない)との対談の中で、西加奈子はこんなことを言っています。

葉太はハンサムだし裕福に育っていて、そういう子たちの悩みってスルーされがちだと思うんです。そうじゃない子たちの悩みのほうが切実に取られがちで、もちろんそれは尊重すべきだし癒すべきだけど、モテはしても愛されないとか、金持ちで顔も良くてなに悩んでんねんって言われて無視されがちな悩みがあることを無視したくない。

特に今世界情勢も大変な中で、「そんなんで悩むなんてあかん」と言われてしまうの辛いやろうな、そういう悩みを書きたいなと。(後略)

これって、どうよ。どう思います?

最初ふと感じたのは、西加奈子には珍しく葉太という青年、つまりは男性を主人公にしている点です。(他のことは全部後回しにして、取りあえずこの点に関してだけ集中して書きたいと思います)

なぜ(いつものように)女性ではないのでしょう? 女性ではなく、男性が主役であらねばならない理由がわかりません。何か特別な訳があるのなら、それが何なのかを教えてほしいと思います。

まさか、(自分と同じ)女性ならこうは書けないんじゃないかと - 当て推量ではありますが、問題は、そう考えてしまう人(現に私がそうです)がいるということです。

「葉太はハンサムだし裕福に育っていて、そういう子たちの悩みってスルーされがちだと思うんです」って、(私に言わせれば)そういう葉太であるからこそ、葉太みたいにハンサムでも裕福でもない者からすれば、およそ悩みらしい悩みとは思えないのではないかと。

思春期にあって心を砕く最たるものの一つが己の容姿だろうと思います。そして次にくるのは、家にはお金があるのかどうかということ。自分の家は(本当は)貧乏なのではないか - これは切実な問題で、容姿と併せてことのほか重大な「悩み」になります。

おそらく、そのどちらか一方でも望み通りではない場合、人というのは否応なく卑屈になり、やりたいことができずに、言いたいと思うことが言えなくなります。時として激しく絶望し、身動きできなくなることがあります。

異性のことなど論外で、家のことを何も知らない同級生の前でも、気後れしたようにしか応じることができなくなります。それを自意識過剰と呼ぶのなら、葉太のそれとは一体何なのでしょう。

そしてそのことは、たぶん、女性においての方が尚顕著ではないかと。29歳にもなって未だに自分がわからないでいる葉太はともかく、女性は女性でいる限り、自意識の呪詛から抜け出せないのではないかと。(失礼を言うのではありません。それが宿命だと言っているのです)

自分と同じ女性が主人公では書きにくかったのではないかと。言いたいことがわからぬ訳ではありませんが、少し無理をしているのかもしれません。蛇足になりますが、純粋な個人の悩みと世界情勢の間には、何の因果関係もないように思うのですが・・・・

この本を読んでみてください係数 80/100

◆西 加奈子
1977年イラン、テヘラン生まれ。エジプト、大阪府堺市育ち。
関西大学法学部卒業。

作品 「あおい」「さくら」「うつくしい人」「窓の魚」「円卓」「漁港の肉子ちゃん」「きりこについて」「ふくわらい」「通天閣」「炎上する君」「サラバ!」「i(アイ)」他多数

関連記事

『八月六日上々天氣』(長野まゆみ)_書評という名の読書感想文

『八月六日上々天氣』長野 まゆみ 河出文庫 2011年7月10日初版 昭和20年8月6日、広島は雲

記事を読む

『初恋』(大倉崇裕)_世界29の映画祭が熱狂! 渾身の小説化

『初恋』大倉 崇裕 徳間文庫 2020年2月15日初刷 あの三池崇史監督が 「さら

記事を読む

『プリズム』(百田尚樹)_書評という名の読書感想文

『プリズム』百田 尚樹 幻冬舎文庫 2014年4月25日初版 ある資産家の家に家庭

記事を読む

『漂砂のうたう』(木内昇)_書評という名の読書感想文

『漂砂のうたう』木内 昇 集英社文庫 2015年6月6日 第2刷 第144回 直木賞受賞作

記事を読む

『フォルトゥナの瞳』(百田尚樹)_書評という名の読書感想文

『フォルトゥナの瞳』百田 尚樹 新潮文庫 2015年12月1日発行 幼い頃に家族を火事で失い天涯孤

記事を読む

『姫君を喰う話/宇能鴻一郎傑作短編集』(宇能鴻一郎)_書評という名の読書感想文

『姫君を喰う話/宇能鴻一郎傑作短編集』宇能 鴻一郎 新潮文庫 2021年8月1日発行

記事を読む

『ペインレス 私の痛みを抱いて 上』(天童荒太)_書評という名の読書感想文

『ペインレス 私の痛みを抱いて 上』天童 荒太 新潮文庫 2021年3月1日発行

記事を読む

『パレートの誤算』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『パレートの誤算』柚月 裕子 祥伝社文庫 2019年4月20日初版 ベテランケース

記事を読む

『赤い部屋異聞』(法月綸太郎)_書評という名の読書感想文

『赤い部屋異聞』法月 綸太郎 角川文庫 2023年5月25日初版発行 ミステリ界随

記事を読む

『ブラックライダー』(東山彰良)_書評という名の読書感想文_その2

『ブラックライダー』(その2)東山 彰良 新潮文庫 2015年11月1日発行 書評は二部構成

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『友が、消えた』(金城一紀)_書評という名の読書感想文

『友が、消えた』金城 一紀 角川書店 2024年12月16日 初版発

『連続殺人鬼カエル男 完結編』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『連続殺人鬼カエル男 完結編』中山 七里 宝島社 2024年11月

『雪の花』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『雪の花』吉村 昭 新潮文庫 2024年12月10日 28刷

『歌舞伎町ゲノム 〈ジウ〉サーガ9 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『歌舞伎町ゲノム 〈ジウ〉サーガ9 』誉田 哲也 中公文庫 2021

『ノワール 硝子の太陽 〈ジウ〉サーガ8 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ノワール 硝子の太陽 〈ジウ〉サーガ8 』誉田 哲也 中公文庫 2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑