『星々たち』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2021/07/07
『星々たち』(桜木紫乃), 作家別(さ行), 書評(は行), 桜木紫乃
『星々たち』桜木 紫乃 実業之日本社 2014年6月4日初版
この小説は、実母の咲子とも、二度目の結婚で授かった娘のやや子とも生き別れ、北の大地を彷徨った塚本千春という女の生きざまを描いた連作短編集です。恵まれない境遇のなかで不器用ながらも生きていく千春の運命が、彼女と関わった人々の視点を通して描かれています。
千春の母・咲子は、水商売で生計を立てています。実母に千春を預け、自分は別の街で暮らしています。勤め先のスナックに時折現れる優男のヤマさんに、咲子は密かに思いを寄せています。「ひとりワルツ」
育子は、久々に帰省する医大生の息子のために、内職を早めに切り上げて食事の準備をします。隣に住む千春は、息子が卒業した地元の進学校・麻上高校の後輩でした。「渚のひと」
麗香は、ススキノ 「ろまん座」 の踊り子で、刑期を終えた兄が帰ってきたら舞台を去ると決めていました。「隠れ家」
晴彦は独身で、高齢の母親・照子と二人で暮らしています。スーパーの商品に苦情を言う照子へ謝罪に訪れた配達係の女性に、晴彦は再び別の場所で出会うことになります。「月見坂」
小さな港町で所帯を持って25年。桐子は夫と二人で理髪店を営んでいます。ひとり息子は家業を継がず、遠く札幌で暮らしていました。「トリコロール」
巴五郎は、市役所勤務のかたわら詩作を続けています。彼が主宰する詩作教室に、塚本千春という30代の女性が入会してきました。「逃げてきました」
能登忠治は罪を犯し、逃亡の身です。忠治が身上を隠して、道北の小さな一杯飲み屋の女将・咲子と暮らし始めてから8年が過ぎようとしています。「冬向日葵」
元編集者の河野保徳は、東京から十勝に移住して野中の一軒家に独りで暮らしています。郵便配達の青年が最寄のバス停で見たという人物は、両脇に松葉杖をついた右脚のない女でした。「案山子」
図書館司書のやや子は、交際半年の昭彦に乞われて彼の母親と会う約束をします。昭彦は結婚に前向きですが、やや子は母親と会うことが別れるきっかけになればと内心では思っています。「やや子」
「ヒロインをひどい目に遭わせて、胸が痛みませんか?」 と聞かれたとき、桜木紫乃はこう答えています。
「胸が痛むというのは他人事。私は書き手なので、他人事にはできないんですよ」
「かわいそうという感想をいただくことはあるのですが、登場人物がそれでよしとしていることは、生みの親である私も肯定したいんです」
小説 『ホテルローヤル』 の書評でも書いたのですが、桜木紫乃が書くヒロインは、決して浮き足立つような物言いはしません。不幸な自分をありのまま引受けて、ときに冷静で自己分析さえしてみせます。まるで不幸であることを運命付けられたように感じる場面でも、潔い諦念とぎりぎりの忍耐で凌いでみせます。
母親に捨てられ、自分も我が子を捨てる。誰かを傷つけ、それ以上に誰かに傷つけられながらも飄々と生きる千春を、桜木紫乃は決して見放しません。冷静に、淡々と現実を受け入れる千春を肯定することで、人は自分のためにしか生きられない、という真実を明かしています。
この本を読んでみてください係数 90/100
◆桜木 紫乃
1965年北海道釧路市生まれ。
高校卒業後裁判所のタイピストとして勤務。
24歳で結婚、専業主婦となり2人目の子供を出産直後に小説を書き始める。
2007年『氷平線』でデビュー。
ゴールデンボンバーの熱烈なファンであり、ストリップのファンでもある。
作品 「氷平線」「凍原」「ラブレス」「ワン・モア」「ホテルローヤル」「硝子の葦」「起終点駅」「無垢の領域」「蛇行する月」など
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