『祝山』(加門七海)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『祝山』(加門七海), 作家別(か行), 加門七海, 書評(あ行)

『祝山』加門 七海 光文社文庫 2007年9月20日初版

ホラー作家・鹿角南のもとに、旧友からメールが届く。ある廃墟で「肝試し」をしてから、奇妙な事が続いているというのだ。ネタが拾えれば、と軽い思いで肝試しのメンバーに会った鹿角。それが彼女自身をも巻き込む戦慄の日々の始まりだった。一人は突然の死を迎え、他の者も狂気へと駆り立てられてゆく - 。著者の実体験を下敷きにした究極のリアルホラー! (光文社文庫)

「著者の実体験を下敷きにした」というのが何とも薄気味悪い。実体のない「祟り」が主題の話で、それゆえ、目に見えてわかる恐怖以上の怖さがあります。

彼らが面白半分の「肝試し」で行ったという廃墟は、群馬といっても、埼玉との県境近くにあります。山と山とに囲まれた谷筋に近い所で、側に沢が走っています。山を背にして麓にあるという廃墟は、朽ち果てた製材所のことでした。

正面には横長の事務所らしき建物があります。右手は鉄骨で組まれた作業場。左側には、その建物だけが木造の伝統的な日本家屋である住居があります。それらすべては傾ぎ、ひび割れ、錆び、壊れ、蔦を始めとした様々な植物で覆い尽くされています。

そこは最近、〈出る〉と有名な廃墟であるらしい。元から曰くのある土地で、それを知らずに村外から土地を買い、住居と製材所を置いたのだが、従業員、家族が次々におかしくなって、自殺や病人、異常者が続出したのだといいます。

そして会社も倒産し、結局、最後に残った社長も首を吊ってしまったと。 - 但し、これはネットの掲示板にありがちな人から聞いた噂話で、実は読んだ当人も得た情報の半分も信じてはいません。彼らは、あくまで興味本位で行ってみようと言い出したのでした。

ある人は、事務所の中に作業員の影が見えると言い、別の人間は、住居の中から女の声がすると言います。建物の外でも、黒い塊が動いていたとか、材木が倒れる激しい音が聞こえただとか、バラエティに富んだ噂があります。

しかしながら、それを語る本人でさえ本気で怖がってなどいません。掲示板に書き込んだ連中のほとんどは、実は何を見たというわけでもありません。彼らは、自分は怖がってなどいない。あくまで遊びのひとつだというポーズを保ち続けています。

しかし、私は話を聞いて、胃の辺りに不快な重みを感じた。この感覚は不安に似ている。だが、私は、
(気味悪い)
その感覚を分析した。

田崎はただ、掲示板の情報を羅列しただけだ。そして、それらが体験者の登場しない、噂話だと告げたのだ。にも拘らず、私は話に、リアリティを感じていた。原因はわからない。

元来臆病者の「私」は、勝手に想像力を膨らませ、怖くなっただけかもしれません。「いや、そう思うことこそ、臆病の証だ」- 鹿角は「この感覚を知っていた」と思い出します。

道の向こうから、急ブレーキと濁った悲鳴が聞こえてきたとき。
独り暮らしの老人の家に、救急車が停まったとき。
感じたことのないうねりとして、阪神淡路大震災の揺れを東京で感じたとき・・・・・・・。

- 凶事を控えた胸騒ぎ。
その感覚を、私は今、感じている。

引き込まれてしまうのが、ホラー作家である鹿角南(かづのみなみ)。引き込んでしまうのが、鹿角の薄い友人・矢口朝子と朝子の職場の同僚、田崎正人と小野寺淳の二人の男性。それともう一人、同じ職場で働く若尾木綿子(ゆうこ)という女性です。

調べるうち、矢口は支離滅裂なことを言うようになります。廃墟で虫に刺された田崎は、刺された右腕が腐ったようになります。小野寺が事故で死に、鹿角と若尾だけがかろうじて正気を保っています。

廃墟の奥に「山神社」があります。そのまた奥には「祝山」が聳えています。後にわかるのですが、「祝山」にはもうひとつ、別の名前があります。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆加門 七海
1962年東京都墨田区生まれ。
多摩美術大学大学院修了。伝記作家、エッセイスト。

作品 「美しい家」「オワスレモノ」「心理MAX」「怪談徒然草」「うわさの人物 神霊と生きる人々」「女切り」「203号室」など多数

関連記事

『朝が来るまでそばにいる』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『朝が来るまでそばにいる』彩瀬 まる 新潮文庫 2019年9月1日発行 火葬したは

記事を読む

『水やりはいつも深夜だけど』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『水やりはいつも深夜だけど』窪 美澄 角川文庫 2017年5月25日初版 セレブマ

記事を読む

『赤と白』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『赤と白』櫛木 理宇 集英社文庫 2015年12月25日第一刷 冬はどこまでも白い雪が降り積もり、

記事を読む

『愛すること、理解すること、愛されること』(李龍徳)_書評という名の読書感想文

『愛すること、理解すること、愛されること』李 龍徳 河出書房新社 2018年8月30日初版 謎の死

記事を読む

『笹の舟で海をわたる』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『笹の舟で海をわたる』角田 光代 毎日新聞社 2014年9月15日第一刷 終戦から10年、主人公・

記事を読む

『平凡』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『平凡』角田 光代 新潮文庫 2019年8月1日発行 妻に離婚を切り出され取り乱す

記事を読む

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月20日発行 差別、偏見、思

記事を読む

『悪の血』(草凪優)_書評という名の読書感想文

『悪の血』草凪 優 祥伝社文庫 2020年4月20日初版 和翔は十三歳の時に母親を

記事を読む

『哀原』(古井由吉)_書評という名の読書感想文

『哀原』古井 由吉 文芸春秋 1977年11月25日第一刷 原っぱにいたよ、風に吹かれていた、年甲斐

記事を読む

『世界から猫が消えたなら』(川村元気)_書評という名の読書感想文

『世界から猫が消えたなら』川村 元気 小学館文庫 2014年9月23日初版 帯に「映画化決定!」

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ケモノの城』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ケモノの城』誉田 哲也 双葉文庫 2021年4月20日 第15刷発

『嗤う淑女 二人 』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『嗤う淑女 二人 』中山 七里 実業之日本社文庫 2024年7月20

『闇祓 Yami-Hara』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『闇祓 Yami-Hara』辻村 深月 角川文庫 2024年6月25

『地雷グリコ』(青崎有吾)_書評という名の読書感想文 

『地雷グリコ』青崎 有吾 角川書店 2024年6月20日 8版発行

『アルジャーノンに花束を/新版』(ダニエル・キイス)_書評という名の読書感想文

『アルジャーノンに花束を/新版』ダニエル・キイス 小尾芙佐訳 ハヤカ

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑