『ぼぎわんが、来る』(澤村伊智)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『ぼぎわんが、来る』(澤村伊智), 作家別(さ行), 書評(は行), 澤村伊智

『ぼぎわんが、来る』澤村 伊智 角川ホラー文庫 2018年2月25日初版

幸せな新婚生活をおくっていた田原秀樹の会社に、とある来訪者があった。取り次いだ後輩の伝言に戦慄する。それは生誕を目前にした娘・知紗の名前であった。原因不明の噛み傷を負った後輩は、入院先で憔悴してゆく。その後も秀樹の周囲に不審な電話やメールが届く。一連の怪異は、今は亡き祖父が恐れていた “ぼぎわん” という化け物の仕業なのか? 愛する家族を守るため秀樹は伝手をたどり、比嘉真琴という女性霊媒師に出会う。真琴は田原家に通いはじめるが、迫り来る存在が極めて凶暴なものだと知る。はたして”ぼぎわん” の魔の手から、逃れることはできるのか・・・・・・・。

最終選考委員のみならず、予備選考委員もふくむすべての選考員が賞賛した (第22回)日本ホラー小説大賞〈大賞〉受賞作。(「BOOK」データベースより)

安土桃山時代、ヨーロッパから伝わったbogeyman(ブギーマン)という言葉が、江戸時代には「坊偽魔」や「撫偽女」などと字が宛てられ、訛り、祖父のいた頃には「ぼぎわん」と呼ばれるようになった。山に棲む妖怪はそれ以前にもいただろう。しかし、それがそう呼ばれるようになったのは、使節団の一派、欧州文化の伝播が理由らしい -

では、かつて江戸時代の人らは、その ぼうぎま とか ぶぎめ にどう対処したかといいますと、答えは簡単で、要は、名前を呼ばれても返事はするな - ということでした。

ところが、(いざ実際に現れたとなると) 事はそう容易くは収まりません。ぼぎわんらしき物体のそれは、繰り返し訪れては 「山へ行こう」 と言います。呪う相手を執拗に追いかけ、時に裏をかきます。知恵を付け、隙を狙って襲いかかろうとします。大きく口を開け、何本もの歯で肉を引きちぎろうとします。

第一章 「訪問者」 より

私は全てを理解した。
(中略)
本当はこういう目的だったのだ。私が歩きにくく走りにくくするためだったのだ。喫茶店の電話や、逢坂を襲ったことだけではなかった。ここに私を一人で残らせたことも、鏡を割らせたのも、刃物を片付けさせたのも - それらもまた同様に 〈釣り〉 だったのだ。

私は釣られていたのだ。ずっと釣られ続けていたのだ。ううあああ、と自然に呻いていた。立ち上がって廊下に出ようとしてすぐに止まった。玄関のドアが開け放たれていた。そして、人の形をした何かが、ゆっくりと入ってきた

暗がりの中で、それは女のように見えた。髪の毛。灰色の服。
そのまま靴も脱がずに入ってくる。
違う。靴は履いていない。暗闇の中にぼんやりと指が見える。裸足なのだ。
服も着ていない。裸だ。身体そのものが灰色をしているのだ。
顔は髪に隠れて見えない。
音もなく廊下を歩いて、こちらに向かっている。

「ちがつり・・・・・・・ちがつり・・・・・・・さおい・・・・・・・さむあん・・・・・・・」
女の声がする。あの時と同じだ。意味の分からない、音にしか聞こえない声。
「ごめんください」
声が意味を結んだ。もちろん私は返事をしない。返事などできない。

人を呼び、山へ連れて行く存在。祖父が恐れた妖怪。西から来た化け物。
ブギーマン。ぼうぎま。ぶぎめ。

ぼぎわん。

そのとき目の前には、黄ばんだ白いものがいくつも、でたらめに顔に並んでいます。あるものは折れ、あるものは長くあるものは短く、それらは、ゆっくりと上下に動いています。顔全体に広がり、嗅いだことのない異臭が鼻を突きます。ぬらぬらと動き、ようやく田原は気付きます。これは、いま目の前にある、これは、歯、なんだと。自分が見ているのは、口の中、なんだと。

本作は語り手が異なる三つの章で構成されており、第一章は「田原秀樹」の視点で語られてゆきます。但し、注意してください。田原秀樹は、思うほど「子煩悩」な父親ではありません。そうと思われるよう、演じているだけのことです。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆澤村 伊智
1979年大阪府生まれ。
大阪大学卒業。

作品 「ずうのめ人形」「ししりばの家」「恐怖小説 キリカ」など

関連記事

『虹』(周防柳)_書評という名の読書感想文

『虹』周防 柳 集英社文庫 2018年3月25日第一刷 二十歳の女子大生が溺死体で発見された。両手

記事を読む

『墓地を見おろす家』(小池真理子)_書評という名の読書感想文

『墓地を見おろす家』小池 真理子 角川ホラー文庫 2014年2月20日改訂38版 都心・新築しかも

記事を読む

『百年泥』(石井遊佳)_書評という名の読書感想文

『百年泥』石井 遊佳 新潮文庫 2020年8月1日発行 豪雨が続いて百年に一度の洪

記事を読む

『FLY,DADDY,FLY』(金城一紀)_書評という名の読書感想文

『FLY,DADDY,FLY』金城 一紀 講談社 2003年1月31日第一刷 知ってる人は知

記事を読む

『はんぷくするもの』(日上秀之)_書評という名の読書感想文

『はんぷくするもの』日上 秀之 河出書房新社 2018年11月20日初版 すべてを

記事を読む

『新装版 人殺し』(明野照葉)_書評という名の読書感想文

『新装版 人殺し』明野 照葉 ハルキ文庫 2021年8月18日新装版第1刷 本郷に

記事を読む

『ふる』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『ふる』西 加奈子 河出文庫 2015年11月20日初版 繰り返し花しすの前に現れる、何人も

記事を読む

『七緒のために』(島本理生)_書評という名の読書感想文

『七緒のために』島本 理生 講談社文庫 2016年4月15日第一刷 転校した中学で、クラスメイ

記事を読む

『それを愛とは呼ばず』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『それを愛とは呼ばず』桜木 紫乃 幻冬舎文庫 2017年10月10日初版 妻を失った上に会社を追わ

記事を読む

『母と死体を埋めに行く』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『母と死体を埋めに行く』大石 圭 角川ホラー文庫 2021年10月25日初版 美し

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『雪の花』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『雪の花』吉村 昭 新潮文庫 2024年12月10日 28刷

『歌舞伎町ゲノム 〈ジウ〉サーガ9 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『歌舞伎町ゲノム 〈ジウ〉サーガ9 』誉田 哲也 中公文庫 2021

『ノワール 硝子の太陽 〈ジウ〉サーガ8 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ノワール 硝子の太陽 〈ジウ〉サーガ8 』誉田 哲也 中公文庫 2

『救いたくない命/俺たちは神じゃない2』(中山祐次郎)_書評という名の読書感想文

『救いたくない命/俺たちは神じゃない2』中山 祐次郎 新潮文庫 20

『歌舞伎町ダムド 〈ジウ〉サーガ7 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『歌舞伎町ダムド 〈ジウ〉サーガ7 』誉田 哲也 中公文庫 2022

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑