『ロスト・ケア』(葉真中顕)_書評という名の読書感想文

『ロスト・ケア』葉真中 顕 光文社文庫 2015年4月20日第6刷

ロスト・ケア (光文社文庫)

戦後犯罪史に残る凶悪犯に降された死刑判決。その報を知ったとき、正義を信じる検察官・大友の耳の奥に響く痛ましい叫び - 悔い改めろ! 介護現場に溢れる悲鳴、社会システムがもたらす歪み、善悪の意味・・・・・・・。現代を生きる誰しもが逃れられないテーマに、圧倒的リアリティと緻密な構成力で迫る! 全選考委員絶賛のもと放たれた、日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。(光文社文庫)

哀しき殺人鬼 - 。
世間は彼のことをそんなふうに呼びました。さすがに殺人を全面的に肯定する意見は少なかったものの、彼を凶悪な犯罪者として語る者もまた少なかったのです。

のべ四十三人もの人間を殺害し、そのうち十分に裏が取れた三十二件の殺人と一件の傷害致死の容疑で起訴された、戦後発生した連続殺人事件としては最多の犠牲者を数える、そんな事件であったにもかかわらず - です。

彼が一等最初に手にかけたのは、男手一つで彼を育てた父親でした。それより他になす術がなかったからです。

僕が精一杯支えると誓った父は、たった一人の家族のはずでした。でも認知症はそのことすら塗りつぶしてしまうんです。心を込めても通じないし、どれほど尽くしても報われない。・・・・・・・たぶんこの世にこれよりつらいことはありませんよ。

もし誰か親身になって力を貸してくれる人がいれば、また違ったかもしれない。でも、僕にはそんなあてはなかった。独りでやるしかなかったんです。

物理的な問題として、時間も金もかかりました。介護と両立できる仕事は限られます。長い時間家を空けられないのでフルタイムで働くことはできません。家の近くで時間の融通の利くアルバイトをするしかありませんが、それでは生活を成り立たせるだけの収入を得ることができませんでした。いつの間にか父の貯蓄も底をつき、生活は困窮していました。

やがて僕は生まれて初めて、まともに三食たべられないという事態に直面しました。

ずいぶん迷った末に、彼は生活保護を申請することにします。生活保護を受けるということは、人間失格の烙印を押されるような気がして躊躇していたのですが、背に腹は代えられないと思い、意を決して申請に行ったのでした。

ところが、結果としてその申請は受け付けてさえ貰えず、『働けるんですよね? 大変かもしれませんが頑張って』 と励まされただけで終わります。

これ以上、何をどう頑張れと言うのか - 彼は深く絶望し、そして思い知ることになります。〈この社会には穴が空いている〉 のだと。

お前はつらい介護から逃げ出すために父親を殺したということだ。どれだけ事情を並べても、お前が身勝手な犯罪者であることに変わりない!

彼はまるでそんな反応を予測していたかのように頷いた。

検事さん、あなたがそう言えるのは、絶対穴に落ちない〈安全地帯〉 にいると思っているからですよ。あの穴の底での絶望は、落ちてみないと分からない

もちろん、僕はあのつらい介護から一日も早く解放されたいと思っていました。自分のために父を殺したことは否定しません。でも、それと同時に父のためでもあったんです。父は僕に言ったんですよ。もう十分だ、殺してくれ って。

介護生活を始めて四回目の十二月でした。その日は比較的安定していて、自分のことも僕のことも分かっていたようでした。こんなときの父は自分が認知症になっていることも自覚していました。

俺はもう身体だけじゃなく、頭もおかしくなっている。そのせいでお前を苦しめてるんだろう? 俺はもうそんなふうにして生きていたくないよ。もう十分だ。もうこの先は生きてても俺もお前も辛いだけだろう。だったら終わりにしたい。殺してくれ』 と、(本文より)

父はそう言って泣いたのでした。

父を懸命に介護した日々。そしてその後の顛末を振り返り、彼は揺るぎない確信に至ります。たとえ法律でどのように裁かれようとも、

自分は正しいことしかしていないのだと。

数十人に及ぶ殺人を、かつての自分が誰かにして欲しかったことをしたんだと。

それが最後の、究極の介護なんだと。

この本を読んでみてください係数 85/100

ロスト・ケア (光文社文庫)

◆葉真中 顕
1976年東京都生まれ。
東京学芸大学教育学部中退。

作品 「絶叫」「ブラック・ドッグ」「コクーン」「政治的に正しい警察小説」「凍てつく太陽」他

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