『このあたりの人たち』(川上弘美)_〈このあたり〉 へようこそ。

『このあたりの人たち』川上 弘美 文春文庫 2019年11月10日第1刷

このあたりの人たち (文春文庫)

この本にはひみつが多い。そんな気がする。- 作家・古川日出男 (解説より)

どこにでもありそうな懐かしい場所なのに、この世のどこよりも果てしなく遠い。そこに迷い込んだ者は、やがて奇妙な感動に包まれる。文学の最前線を牽引する作家・川上弘美が創り上げたかつて見たことのない、”短くて長い” 物語。(文春文庫)

第一話 「ひみつ」 は - 白い布が欅の木の下に落ちており、めくると中からこどもがあらわれた。男の子なのだか女の子なのだか、よくわからない。こどもは (わたしの) 家に棲みついた。こどもは男であるらしかった。(続く)

第二話 にわとり地獄
「にわとりをいじめると落ちる地獄でね。大きなにわとりがやってきて、火をはきかけてきたり、つついてきたり、踏みつけてきたりする。それが永劫に続く」

おじさんが言うのを、聞いていた。おじさんはこのあたりでいちばん大きな農家の分家筋の人だった。農家といっても、開発が進んでほとんどの耕作地は売り払い、そこに団地や建売住宅がたくさんできていた。おじさんの庭では山羊とにわとりを飼っていたけれど、本家ではもう誰も農業はせずに、若い者はみんなサラリーマンになって新橋やら品川やらに通っているのだった。
にわとりは十羽ほどいた。とさかの立派なのもいたし、よれよれのもいた。
「強いのが、弱いのをつつく」
おじさんは教えてくれた。つつかれているにわとりを見たくて、いつもじろじろ眺めていたけれど、だめだった。にわとりはちりぢりになって、互いがそこにいるのかどうだか、関心なさそうにみえた。

おじさんは片目がなかった。戦争でなくしたんだと言っていた。義眼がはまっていて、そちらのめだまが動かない。ほら、と言いながら、出してみせてくれたことがあった。大きなビー玉よりももっと大きな球形の、白くにごった色のものだった。
おじさんは義眼をのせた右手をつきだしてきて、
「ほらほら」
と、すごんだ。怖がっているのを知っているのだった。

この前大きな美術館に行ったら、にわとり地獄の絵が飾ってあった。おじさんのでまかせなのかと思っていた。地獄草紙。平安時代。国宝。胸にうろこのある巨大なにわとりが両翼を広げている。
おじさんは時々にわとりをいじめていた。餌を餌箱に入れると、にわとりが群がってくる。わざと邪険に払ったり蹴ったりしていた。機嫌が悪い時には、追いかけまわしておどかしていた。
にわとりはたくさん卵をうんだ。竹の籠におじさんは盛り上げた。もの欲しそうに見ても、一回もわけてくれなかった。卵をうまなくなったにわとりも、おじさんはずっと生かしていた。しめるのが嫌いなんだと言っていた。
死んだにわとりを、裏庭に埋めているのを見たことがある。食べればいいのにと言ったら、自然に死んだのは食べないと、おじさんは言った。

おじさんが今どうしているのか、知らない。中学生になると、おじさんを訪ねなくなって、それきりだ。おじさんの家があったところは、白い小さなビルになって、一階のテナントにはアンティークのお店とケーキ屋が入っている。ケーキ屋は、モンブランがおいしい。

おばあちゃん
事務室
のうみそ
演歌歌手
校長先生
スナック愛
不良
長屋
八郎番

・・・・・・・と、どんどん続く。全部で26の掌編。その町は、よく知るところであるような。ないような。そんな人 (あるいは人ではないなにものか) がいるような、いないような。知らず知らずに話はころころと転がっていきます。

この本を読んでみてください係数 85/100

このあたりの人たち (文春文庫)

◆川上 弘美
1958年東京都生まれ。
お茶の水女子大学理学部卒業。

作品 「神様」「溺レる」「蛇を踏む」「真鶴」「ざらざら」「センセイの鞄」「天頂より少し下って」「水声」「どこから行っても遠い町」「大きな鳥にさらわれないよう」他多数

関連記事

『幾千の夜、昨日の月』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『幾千の夜、昨日の月』角田 光代 角川文庫 2015年1月25日初版 幾千の夜、昨日の月 (角

記事を読む

『くまちゃん』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『くまちゃん』角田 光代 新潮文庫 2011年11月1日発行 くまちゃん (新潮文庫)

記事を読む

『サクリファイス』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文

『サクリファイス』近藤 史恵 新潮文庫 2010年2月1日発行 サクリファイス (新潮文庫)

記事を読む

『きみの町で』(重松清)_書評という名の読書感想文

『きみの町で』重松 清 新潮文庫 2019年7月1日発行 きみの町で (新潮文庫) あ

記事を読む

『完璧な母親』(まさきとしか)_今どうしても読んで欲しい作家NO.1

『完璧な母親』まさき としか 幻冬舎文庫 2019年3月30日10刷 完璧な母親 (幻冬舎文

記事を読む

『高架線』(滝口悠生)_書評という名の読書感想文

『高架線』滝口 悠生 講談社 2017年9月27日第一刷 高架線 そうやって元のところに留ま

記事を読む

『国道沿いのファミレス』(畑野智美)_書評という名の読書感想文

『国道沿いのファミレス』畑野 智美 集英社文庫 2013年5月25日第一刷 国道沿いのファミレ

記事を読む

『木になった亜沙』(今村夏子)_圧倒的な疎外感を知れ。

『木になった亜沙』今村 夏子 文藝春秋 2020年4月5日第1刷 木になった亜沙 誰か

記事を読む

『カソウスキの行方』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『カソウスキの行方』津村 記久子 講談社文庫 2012年1月17日第一刷 カソウスキの行方 (

記事を読む

『リリアン』(岸政彦)_書評という名の読書感想文

『リリアン』岸 政彦 新潮社 2021年2月25日発行 リリアン 街外れで暮らすジャズ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

『坂の上の赤い屋根』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『坂の上の赤い屋根』真梨 幸子 徳間文庫 2022年7月15日初刷

『青い鳥』(重松清)_書評という名の読書感想文

『青い鳥』重松 清 新潮文庫 2021年6月15日22刷

『神の手』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『神の手』望月 諒子 集英社文庫 2022年7月12日第8刷

『腐葉土』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『腐葉土』望月 諒子 集英社文庫 2022年7月12日第6刷

『死刑について』(平野啓一郎)_書評という名の読書感想文

『死刑について』平野 啓一郎 岩波書店 2022年6月16日第1刷発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑