『新装版 汝の名』(明野照葉)_書評という名の読書感想文
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『新装版 汝の名』(明野照葉), 作家別(あ行), 明野照葉, 書評(な行)
『新装版 汝の名』明野 照葉 中公文庫 2020年12月25日改版発行
三十代の若さで事業に成功し、誰もが憧れる優雅な生活をおくる麻生陶子。だが、その美貌とは裏腹に、「理想の人生」 を手に入れるためには、恋も仕事も計算し尽くす人間だ。そんな陶子には、彼女を崇拝し奴隷の如く仕える妹の久恵がいた。しかし、ある日を境に、この奇妙な姉妹関係が崩れ始め、驚愕の事実が明らかになっていく・・・・・・・。(中公文庫)
この小説は、2003年刊行の 『汝の名 【WOMAN】』 (中央公論新社) の二度目の文庫化作品です。最初が2007年。そして今回、装いも新たに改めての刊行となったのは、おそらく、(初回時以上に) 時代のニーズに合うと判断されたからでしょう。
狡猾さ、蛇のような執念、そして格好よさ。この小説には 「悪い女」 のすべてが詰まっています。
Frailty,thy name is woman.
本書のタイトルの由来であろう 「ハムレット」 の有名なセリフである。
これを 「弱き者、汝の名は女なり」 と訳したのは坪内逍遥で、この和訳は芝居から独立して多様な場面で使われるほど人口に膾炙している。ただし、この訳には異論が出た。このセリフは夫を亡くしてすぐに夫の弟と結婚した母をハムレットが嘆いた場面のものだ。「弱き者」 と訳してしまうと 「だから守らなくてはならない者」 という意味にとれ、本来の 「(誘惑に) 脆い者」 という意味からずれてしまう。後に坪内逍遥も 「脆き者、汝の名は女なり」 と訳し直している。
まず、これを覚えておいていただきたい。働かない同棲相手との生活費を捻出することに疲れた女性が家を飛び出すというプロローグを経て、物語は麻生陶子の出勤場面で幕を開ける。三十三歳にして派遣会社を経営する陶子は、背も高く、華やかな美人だ。(以下略)
もちろん異性からのアプローチも多い。都合の悪いときは 「精神的に少し病気のある、ひきこもりの妹と暮らしているから」 と断る。
その妹というのが、同居している久恵だ。本書のもうひとりの主人公である。
陶子とは打って変わって背が低く、地味で子供っぽい風貌。製薬会社に勤めていたが社内恋愛の挙句の失恋で退社、今は陶子に食べさせてもらっている状態だ。どうしても卑屈にならざるを得ない。陶子は気に入らないことがあると久恵に当たり、罵り、時には手が出ることもある。そんな時久恵はただ小さくなって、嵐が過ぎるのを待つ。だがふたりは決して今の生活を嫌がっているわけではない。家事を一手に引き受けてくれている久恵は陶子にとっては助かる存在だ。久恵にとっても、外で女優のように振舞う陶子が唯一素の姿をさらけ出せるのが自分であることに、「陶子ちゃんも、私を必要としてくれている」 と満足している。(大矢博子/解説より抜粋)
二人はいわゆる 「共依存」 の関係にあるわけですが、その実態は明らかに歪んでいると言わざるを得ません。陶子は気分次第で (悪くないのに) 久恵を責め、(良くもないのに) 突然久恵を褒めたりします。全てが陶子次第。陶子は久恵を完全に見下しています。
虐げられ、顔色を窺うばかりの久恵にとって、陶子は (一人の女性として) もはや別格の存在でした。容姿に恵まれ、社交性があり、何より生活力があります。陶子は 「陶子」 として、久恵は陶子の 「妹」 として、変わることなく 「生きて行ける」 と信じています。
二人は無理を承知で下手な演技をしています。幸か不幸か、端から勘違いをしています。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆明野 照葉
1959年東京都中野区生まれ。
東京女子大学文理学部社会学科卒業。
作品 「雨女」「輪廻 RINKAI」「魔性」「誰?」他多数
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