『星々の悲しみ』(宮本輝)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/14
『星々の悲しみ』(宮本輝), 作家別(ま行), 宮本輝, 書評(は行)
『星々の悲しみ』宮本 輝 文春文庫 2008年8月10日新装版第一刷
喫茶店に掛けてあった絵を盗み出す予備校生たち、アルバイトで西瓜を売る高校生、蝶の標本をコレクションする散髪屋-。若さ故の熱気と闇に突き動かされながら、生きることの意味を求める青年たち。永遠に変わらぬ青春の美しさ、悲しさ、残酷さを、みごとな物語と透徹したまなざしで描く傑作短編集。(「BOOK」データベースより)
表題作の「星々の悲しみ」を読み始めると、非常に懐かしい感触に包まれます。例えて言うと、教科書以外の本を初めて手にした頃に時間が戻ったような、少し甘酸っぱくて、いかにも〈初々しかった〉時代にタイムスリップしたような気分がします。
単行本の刊行は1981年(昭和56年)、すでに34年という長い年月が経過しています。どうしても〈昔の話〉を読んでいるという感覚は拭えないかも知れませんが、私などはかえってそれが心地よく感じられます。滅多に読まない分、やけに新鮮です。
元々、私は宮本輝の読者ではありません。かろうじて『泥の河』を読んだ記憶があるくらいで、以後は一切読んでいません。私と同年代の中には多くのファンがおられると思うのですが、なぜか読もうという気になれずにいました。
改めてその理由を考えようとしたら、なんと田中和生氏が解説で書いてくれているではないですか。田中氏は自分が富山出身でなければ(宮本輝の代表作で芥川賞受賞作『螢川』は富山が舞台になっています)宮本輝は読まなかったかもしれないと断った上で、こんな風に書いています。
(田中氏が)日本の小説に興味を持ち始めたのは1990年頃、その頃の宮本輝というのは例えるなら斉藤由貴が主演した映画「優駿」の原作者の名前で、「現代文学」とは村上龍や村上春樹や島田雅彦や吉本ばななが書くようなもの、という印象だったこと。
都会的で、従来の私小説とは違った新しい書き方で、個人としての自由を追求しているように見える彼らの作品に対して、宮本輝のそれは、親と子の世代が濃密にかかわり、それほど自己主張しない書き方で、地域社会に根ざした人間の生活を描いており、唐突なほど異質だった、と振り返っています。
・・・・・・・・・・
非常に優しい言い方をしていますが、要は、もし「富山」という共通語が介在しなければ、田中氏は宮本輝という作家に興味を抱くことはなかった、ということ。宮本輝という名前は十分に知っているけれど、どうも時代にそぐわない。良い小説を書く人であるのは分かっていても、オーソドックス故に刺激に乏しく、つい後回しにしてしまう。(これは田中氏ではなく)私にとって、宮本輝とはそんな作家でした。
今回は「永遠に変わらぬ青春の美しさ、悲しさ、残酷さを、みごとな物語と透徹したまなざしで描く」というフレーズについ絆されて、思わずという感じで新装なった文庫を買ってしまいました。ホントにホント、つい買ってしまったのです。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆宮本 輝
1947年兵庫県神戸市生まれ。本名は宮本正仁。
追手門学院大学文学部卒業。
作品 「泥の河」「螢川」「優駿」「約束の冬」「骸骨ビルの庭」「三千枚の金貨」他多数
◇ブログランキング
関連記事
-
『密やかな結晶 新装版』(小川洋子)_書評という名の読書感想文
『密やかな結晶 新装版』小川 洋子 講談社文庫 2020年12月15日第1刷 記憶
-
『羊と鋼の森』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文
『羊と鋼の森』宮下 奈都 文春文庫 2018年2月10日第一刷 高校生の時、偶然ピアノ調律師の板鳥
-
『初めて彼を買った日』(石田衣良)_書評という名の読書感想文
『初めて彼を買った日』石田 衣良 講談社文庫 2021年1月15日第1刷 もうすぐ
-
『太陽の塔』(森見登美彦)_書評という名の読書感想文
『太陽の塔』森見 登美彦 新潮文庫 2018年6月5日27刷 私の大学生活には華が
-
『高校入試』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文
『高校入試』湊 かなえ 角川文庫 2016年3月10日初版 県下有数の公立進学校・橘第一高校の
-
『チヨ子』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文
『チヨ子』宮部 みゆき 光文社文庫 2011年7月20日初版 五年前に使われたきりであちこち古びて
-
『腐葉土』(望月諒子)_書評という名の読書感想文
『腐葉土』望月 諒子 集英社文庫 2022年7月12日第6刷 『蟻の棲み家』(新潮
-
『北斗/ある殺人者の回心』(石田衣良)_書評という名の読書感想文
『北斗/ある殺人者の回心』石田 衣良 集英社 2012年10月30日第一刷 著者が一度は書き
-
『ぬるい毒』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文
『ぬるい毒』本谷 有希子 新潮文庫 2014年3月1日発行 あの夜、同級生と思しき見知らぬ男の
-
『首の鎖』(宮西真冬)_書評という名の読書感想文
『首の鎖』宮西 真冬 講談社文庫 2021年6月15日第1刷 さよなら、家族