『腐葉土』(望月諒子)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/06
『腐葉土』(望月諒子), 作家別(ま行), 書評(は行), 望月諒子
『腐葉土』望月 諒子 集英社文庫 2022年7月12日第6刷
『蟻の棲み家』(新潮文庫) で活躍する探偵役のフリーライター・木部美智子が追う戦慄の事件。ページをめくるたび、直面する謎、謎、謎。木部と事件を追いながら、衝撃の真実を目撃せよ。
笹本弥生という資産家の老女が、高級老人ホームで殺害されているのが見つかった。いつもお金をせびっている孫の犯行なのか? そこに生き別れたもう一人の孫という男が名乗りでる。詐欺事件や弁護士の謎の事故死が、複雑に絡まりはじめ - 。関東大震災、東京大空襲を生き延び、焦土の中、女ひとりでヤミ市でのし上がり、冷徹な金貸しとなった弥生の人生の結末とは。骨太ミステリーの傑作長編。(集英社文庫)
今注目の作家・望月諒子の 『腐葉土』 を読みました。戦前戦後の混乱期を生き延び、資産家となって年老いた笹本弥生の人生は、必ずしも人に称えられるものではありませんでした。等しく冷徹で、彼女が暮らす家の庭では、借りた金が返せず、子供もろとも首を吊って死んだ家族がありました。
*
亜川の友人・星野弁護士の言に従えば、それは 〈職業倫理〉 と言い換えることもできるだろうし、関東大震災や東京大空襲を生き延び、十数億とも言われる資産を築いた老女・笹本弥生の85年の生涯には、圧倒的なまでの 「生きるための正義」 があった。
本書では、そうした様々な正義のはざまで揺れながら生きる人々によって引き起こされたいくつかの事件を、記者でも人間でもある美智子や亜川の目を借りて追い、ときおり差しはさまれる弥生の若き日の回想が、物語に有無を言わせぬ凄みと奥行きを与えている。
震災や空襲や戦後の混乱を、彼女は己の身一つで生き抜き、そして何者かに殺された。この高級老人ホーム 「グランメール湘南」 で起きた老女殺人事件や、彼女の唯一の身内で容疑者と目される孫・笹本健文が出入りする大学の考古学研究室を舞台にした詐欺事件。また、弥生の顧問弁護士・深沢洋一の旧友で、出処不明の現金・約二億円とともに大破炎上した人権派弁護士・宮田昇の謎の事故死など、二重三重に絡みあった事件の背景にはさらなる事件が潜む。
絡んだ糸を一つ一つほどいていく美智子や亜川は、刑事ではなく記者だ。その目的は逮捕ではなく記事にあり、仮に記事にできなくても真実を知ることでしか報われない彼らにとって、真実の意味するところは警察的真実とは大きく異なる。おかげで一連の事件が内包する人間的真実とも言えるものに、読者もまた肉薄できるのである。
- 笹本弥生の人生を貫く正義に白黒つけられる人間がいるとすれば、それは彼女自身だ。そして弥生とは 〈自分の人生の決着をつけるだけの気概〉 を持つ人物であった。法でも世間でもお天道様でもなく、彼女は彼女自身によって裁かれようとするのである。
〈彼女は懸命に生き、葉を繁らせ、その旺盛な生命力で激しく新陳代謝を繰り返し、不要なものを容赦なく落としていった。落ちたものは雨を受け、腐り、別の生命体の養分になる。生まれた生命体は適応し増殖するものもある。朽ちて、彼女の膝元にふさりとその死体を横たえるものもある。
腐葉土。
彼女は日本の混乱期の闇に抱え込まれ、大きく育ったのだ。彼女が育て、そして彼女をも育てた腐葉土。
- さあ、そこに手を突っ込んでみなはれ〉
そう。星野は言ったのだ。(解説より抜粋)
どんな場合でも、人さまのトラブルというのは、それが発生するだけの背景がありますんや。人はそれを、誰にも見せんと、一人で囲うて生きています。一度トラブルが起きると、我々法律家が法の尺度で整理していくんですがな、さあ、そこに手を突っ込んでみなはれ。生きたネズミやら、腐ることのできんビニールやら。時には死体の断片すら出てきそうなこともある。
そこを囲うてな、人間は生きていきはりますんや。
こわいもんでっせ。(本文より)
真新しい四十五度の焼酎に氷を浮かべ、星野はそう言ったのでした。問うべきは弥生の人生ですが、それが善か悪かを安易に決めるわけにはいきません。おそらくは、その時代を女一人で生き抜いた当人にしかわからない感情があります。そうするほか生きる手立てのないときのことでした。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆望月 諒子
1959年愛媛県生まれ。兵庫県神戸市在住。
銀行勤務を経て、学習塾を経営。
作品 「神の手」「大絵画展」「田崎教授の死を巡る桜子准教授の考察」「ソマリアの海賊」「哄う北斎」「蟻の棲み家」他多数
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