『いちばん悲しい』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/09
『いちばん悲しい』(まさきとしか), まさきとしか, 作家別(ま行), 書評(あ行)
『いちばん悲しい』まさき としか 光文社文庫 2019年10月20日初版

ある大雨の夜、冴えない中年男・戸沼暁男が刺殺された。暁男の不倫相手の妄想女・真由奈や残された妻・杏子と子供たちなど交友関係や、家族を巡って真相に迫ろうとする女刑事・薫子だが、一向に進展を見ない。しかし、事件捜査がついに、暴いてはならない秘密をつきとめた。女たちの心の奥底にうずまく毒感情を描ききった、イヤミスを超える傑作、待望の文庫化! (光文社文庫)
初めて聞く名前の作家の、初めて読んだ作品。
(以下は解説より引用)
添えない中年男の刺殺体が発見される場面で、『いちばん悲しい』 の幕が上がる。感情を排した、報道記事のようなプロローグだ。被害者は戸沼暁男。四十二歳の会社員で、妻とふたりの子どもがいる。財布に手がつけられていなかったことと、背後から執拗に刺されていることから怨恨による犯行と思われた。被害者はスマートフォンを二台持っており、そのうち一台にはひとりの女の名前しか登録されていなかった。「痴情のもつれ、とシナリオを浮かべた捜査員は少なくなかった」 という一文でプロローグは締めくくられる。
浮気した男が刺された - といわれれば、読者もまた、刺したのは裏切りに怒った妻か、騙されたと気づいた浮気相手かと想像するだろう。実際に殺すまでにはいかなくても、その手のトラブルは食傷してしまうほど多く、つまりは 〈ありふれた事件〉 である。
だがまさきとしかは、その 〈ありふれた事件〉 の関係者ひとりひとりの事情と思いを丹念に描き出していく。浮気相手だった佐藤真由奈は、戸沼が既婚者であったことも本当の名前すらも知らなかった。偽名を使っていた自分の婚約者と戸沼が同一人物だとわかってからは、いかに自分の方が愛されていたかをうるさいほどに主張し、妻が殺したに違いないと言い張る。
一方、妻の杏子は茫然自失。夫に対する興味はとっくに失っていたが、浮気をする 〈甲斐性〉 が夫にあるとは思っていなかったのだ。さらに経済的なことや子どもたちへの心配もあるし、杏子のせいにする姑にも煩わされる。
まず読者は 「戸沼を殺したのは誰だ」 というミステリ的な興味でページをめくるだろう。だがすぐに興味の矛先が変わるはずだ。なぜなら真由奈と杏子、そして事件を捜査する刑事の我城薫子という三人の女性の描写が圧巻なのである。
本書を読んでいくうちに、本妻とか浮気相手とか被害者の家族といった 〈関係者の名称〉 ではなく、真由奈、杏子といった 〈個人〉 が見えてくる。彼女たちが抱えてきた悲しみが、虚無が、足掻きが、見えてくる。陳腐な表現だが、誰もがその人だけの物語を持っている、ということを痛感させられる。ひとりひとりの物語が眼前に広がったとき、そこにあるのは 〈唯一無二の彼女の事件〉 であり、決して十把一絡げの 〈ありふれた事件〉 などではないことがわかるのである。(文庫の帯文より)
真由奈や杏子と同様 「わたしがいちばん悲しい」 「わたしがいちばんかわいそうなのに」と思う人物が、他に何人も登場してきます。
それらの人物は、真由奈や杏子とは別に、まるで違う世界で暮らしています。殺害された戸沼とは基本 “無関係” な関係で、たとえ偶然知り合ったとしても、戸沼は戸沼として認識されず、そこにいる大勢の中の一人に過ぎません。
本来、戸沼には殺される理由などなかったのです。
※この物語において、唯一、「わたしがいちばん悲しい」 とは言わない人物がいます。彼女は辛い過去をひきずりながら日々を過ごしています。願ったものにはほど遠く、見た目以上に歪な人生を送っています。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆まさき としか
1965年東京都生まれ。北海道札幌市育ち。
作品 「夜の空の星の」「熊金家のひとり娘」「完璧な母親」「途上なやつら」「きわこのこと」「ゆりかごに聞く」「屑の結晶」等
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