『異類婚姻譚』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/13
『異類婚姻譚』(本谷有希子), 作家別(ま行), 書評(あ行), 本谷有希子
『異類婚姻譚』本谷 有希子 講談社 2016年1月20日初版
子供もなく職にも就かず、安楽な結婚生活を送る専業主婦の私は、ある日、自分の顔が夫の顔とそっくりになっていることに気付く。「俺は家では何も考えたくない男だ。」と宣言する夫は大量の揚げものづくりに熱中し、いつの間にか夫婦の輪郭が混じりあって・・・・。「夫婦」という形式への違和を軽妙洒脱に描いた表題作ほか、自由奔放な想像で日常を異化する、三島賞&大江賞作家の2年半ぶりの最新作! (「BOOK」データベースより)
第154回芥川賞受賞作。
もうひとつの受賞作、滝口悠生の『死んでいない者』もそうなのですが、今回はことのほか(一般読者の)評価にバラつきがあります。大変よかった、ためになったという人が半分。あとの半分は、全然よくなかった、何が言いたいのかわからないという人です。
よくなかったという人の中には、(どうせ選ばれるなら)この作品ではなく『ぬるい毒』こそ受賞に相応しいもので、それに比べれば今回の『異類婚姻譚』はありきたりで、凡作と言うほかない、であるとか云々 - 。
「昔話(または説話)を読んでいるような感じ」というのもあります。夫の顔だけでなく、気付くと自分(=語り手である妻のサンちゃん)の顔までが変形している - 各々のパーツが元の位置から微妙にズレている - のに慌てふためく様子などは、今ある世界のことではなく、夢か幻のような、別の世界のことのようにも感じられます。
しかし、それを言うと切りがありません。この小説のそもそもが、ある日夫の顔が変幻自在に形を変えるのに気付いた妻が、どうしたことかと考えあぐねる内に、それまでは全く異なった顔立ちの夫婦2人が、まるで似たような顔になってしまうという話なのですから。
もしもそれが(冒頭の解説にある)「自由奔放な想像で日常を異化する」ことの端緒だとしたら、読者たるわれわれも、まずもってその「異化」された日常とやらに自らを「同化」させなければなりません。実際にそれと似た感覚を肯定できるかどうかが肝要です。
いずれにしても、夫婦なればこその問題です。相応の年月連れ添った者同士だからこその話で、未成年に毛が生えた程度の若者や、未婚の独り者には分かり様のない出来事だろうと思います。
顔かたちより先に、まず似るのが性向(性格ではありません)です。これはある意味当然で、隠しようのない本音を晒して暮らしているからこその妥協(や謙譲)が累積されて、いつしかそれが、(2人にとっては)そうあるべき確かなものへと変化を遂げます。
そうとなれば、それが顔立ちにまで及んだとしても、何ら不思議ではないように思えます。小説ほど極端ではないにせよ、年を経るに従って、互いの面相がどこかしら相手に似てくるようなことが、(近い将来)私ら夫婦にだって起こるかも知れません。
読みはじめた当初は、夫婦となった2人が、夫婦関係を続ける内にいつの間にやら、気付けば2人きりの(都合のいい)時には似たような顔になり、他人の前ではまた元通り(互いが知っている本来)の顔に戻るという、夫婦の不思議を描いているように思えます。
しかし、そうではないのです。赤の他人同士だった男女が夫婦になって、顔までがそっくりになるに及んで - それでも尚2人の間には相容れない領域があり、
十二分に相手のことをわかっていると思ってはいても、実はそれは単なる思い込みに過ぎず、「自分が思うばかり」の相手の在りようなだけで、全部がわかっているわけではありませんよという話。それを言うが為の「変身譚」であるように思えます。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆本谷 有希子
1979年石川県生まれ。
石川県立金沢錦丘高等学校卒業。ENBUゼミナール演劇科に入学。
作品 「嵐のピクニック」「自分を好きになる方法」「グ、ア、ム」「江利子と絶対」「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」「ぬるい毒」「生きてるだけで、愛。」他
関連記事
-
『太陽の塔』(森見登美彦)_書評という名の読書感想文
『太陽の塔』森見 登美彦 新潮文庫 2018年6月5日27刷 私の大学生活には華が
-
『悪と仮面のルール』(中村文則)_書評という名の読書感想文
『悪と仮面のルール』中村 文則 講談社文庫 2013年10月16日第一刷 父から「悪の欠片」と
-
『おるすばん』(最東対地)_書評という名の読書感想文
『おるすばん』最東 対地 角川ホラー文庫 2019年9月25日初版 絶対にドアを開
-
『まつらひ』(村山由佳)_書評という名の読書感想文
『まつらひ』村山 由佳 文春文庫 2022年2月10日第1刷 神々を祭らふこの夜、
-
『インビジブル』(坂上泉)_書評という名の読書感想文
『インビジブル』坂上 泉 文春文庫 2023年7月10日第1刷 第23回大藪春彦賞
-
『アポロンの嘲笑』(中山七里)_書評という名の読書感想文
『アポロンの嘲笑』中山 七里 集英社文庫 2022年6月6日第7刷 東日本大震災直
-
『風に舞いあがるビニールシート』(森絵都)_書評という名の読書感想文
『風に舞いあがるビニールシート』森 絵都 文春文庫 2009年4月10日第一刷 第135回直木賞受
-
『アカガミ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文
『アカガミ』窪 美澄 河出文庫 2018年10月20日初版 渋谷で出会った謎の女性に勧められ、ミツ
-
『あなたならどうする』(井上荒野)_書評という名の読書感想文
『あなたならどうする』井上 荒野 文春文庫 2020年7月10日第1刷 病院で出会
-
『本を読んだら散歩に行こう』(村井理子)_書評という名の読書感想文
『本を読んだら散歩に行こう』村井 理子 集英社 2022年12月11日第3刷発行