『火花』(又吉直樹)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/13
『火花』(又吉直樹)_書評という名の読書感想文, 作家別(ま行), 又吉直樹, 書評(は行)
『火花』又吉 直樹 文芸春秋 2015年3月15日第一刷
又吉直樹は、今年でちょうど35歳になります。聞くところによると、2,000冊以上の本を持っているといいます。仮に20歳の頃から読み始めたとして、平均すると1年間で130冊以上もの本を読んでいることになります。
月にすると10冊以上、毎月、しかも(こちらの方がより凄いことですが)15年という長きに亘って読み続けているのに驚いた人が沢山いただろうと思います。これは余程の本好きか、本に何かを賭しているような人にしか出来ない、なかなかに稀なことだと思います。
その上、彼はあの大阪の名門、北陽高校のサッカー部出身です。インターハイに出場し、大阪選抜にも選ばれて、3年生の時には副キャプテンを務めています。つまり、運動能力も人並み以上のものがあったということ。まさに文武両道といったところです。
おまけに、よく見ればかなりの男前です。(残念ながら背丈だけはどうにもなりませんが)奇抜なファッションでも注目されて、何より今最も旬な芸能人として一々の普段の立ち振る舞いまでが、いかにも意味ありげな見立てで語られたりしています。
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又吉直樹という人間がこれほどまでに注目されて、彼が書いた『火花』という小説が予想をはるかに超えて、爆発的に売れた理由とは一体何だったのでしょう。正直なところ、それが私には分からないのです。
『火花』は確かに読む価値のある、芥川賞に相応しい小説だと思います。神谷さんという先輩や、神谷さんの世話を焼く真樹さんという女性らを巧みに描き出し、神谷さんになりたくてもなれない徳永の焦りやジレンマといった心の様子も実によく分かります。
読むうちに、徳永という人物が又吉自身に思えてくる人が大勢いるはずです。しかし、それは端から仕方のないことで、それを承知の上で、おそらくはそう願って又吉はこの小説を書いたのだと思います。
書いた本人がしじゅうメディアの中に現れて、時に素顔をさらけ出してみせてくれる。その様子がいかにも普通で、それでいて普通では到底成し得ないことを成した姿が、物珍しくもあり興味を持たれたということでしょうか。
お笑い芸人であり小説家でもあるという、一見相反するキャラクターのギャップに抗しきれずに、あるいは大抵の大人は見向きもしなくなった「小説」という代物に、昔感じた知的なものへの眩しさを思い出しては、つい絆されたということなのでしょうか。
どう考えても、売れ過ぎです。評価とは別の次元で本が買われているのに見とれるあまり、しばらく手に取ることさえできないでいました。
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話は元に戻ります。確かに2,000冊というのは大変な数ですし、毎月10冊、年にして130冊以上もの本を読み続けるというのは並のことではありません。しかし、又吉にしか出来ない極めて特別なことかと言えば、実はそれほどのことではありません。
世の読書好きなら、(もちろん多少の差はありましょうが)普通にしていればその程度にはなります。好みはそれぞれですが、読む人は読んでいます。
私の周りですら、そんな人物の2人や3人はいます。彼らはちゃんと定職を持ち、家族を養い、適当に遊びつつ、空いた時間で本を読んでいます。そのことは、おそらく又吉の日常とたいして変わるものではありません。
ただ唯一、彼らと又吉が違うのは、彼らが書こうとしても書けないものを又吉が書いたということ。しかも、それが芥川賞を受賞するくらい完成度の高い文章であり、小説であったということです。
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『火花』の内容についてはすでに多くの人が語っていますので、今さら私が書くまでもありません。
私がここで書こうと思ったのは、①本をたくさん読んでいるからといって、必ずしも「小説」などというものが書けるわけではない。②又吉直樹は本好きであると同時に、「作文」に対する才能を持ち合せた人物である。③それにつけても『火花』は売れ過ぎだ。
ということです。おかしな格好でバカなことを言ってはいるが、どこかネクラで芸人らしくない、やや過激に言うと、気持ちが悪くて正体が知れない - ほんの少し前までの又吉の印象は、ままこんなところではなかったでしょうか。
ところが、今回の騒動で彼に対する見方がごろりと変わりました。実は人の何倍もややこしいことを考え、しかもそれを小説なんぞという、小難しい書きものにして見せようとしているのが知れたのです。果たしてそれが漫才師としての又吉にとって、吉と出るのか凶と出るのか - 今はまだ、誰にもそれは分かりません。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆又吉 直樹
1980年大阪府寝屋川市生まれ。
吉本クリエイティブ・エージェンシー所属のお笑いタレント。
北陽高校(現関西大学北陽高校)卒業後、放送大学教養学部に進学。その後、吉本興業FSC東京校の5期生となる。
作品 「第2図書係補佐」「東京百景」せきしろとの共著に「カキフライが無いなら来なかった」「まさかジープで来るとは」など
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