『学校の青空』(角田光代)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『学校の青空』(角田光代), 作家別(か行), 書評(か行), 角田光代

『学校の青空』角田 光代 河出文庫 2018年2月20日新装新版初版

いじめ、うわさ、夏休みのお泊り旅行・・・・・・・お決まりの日常から逃れるために、少女たちが試みた、ささやかな反乱。生きることになれていない、小学生から高校生までの主人公たちの、不器用なまでの切実さを描く、直木賞作家の傑作青春小説集。「学校ごっこ」「夏の出口」など四篇を収録。(河出文庫)

「放課後のフランケンシュタイン」

体育の時間はマラソンだったので腹痛がすると授業を抜け出して二号館の屋上に上がり、体操着はなんだってこんなにダサいのだろう、十四にもなってブルマーをはかされるなんて拷問のようだととりとめもなく考えて、汚れたコンクリートに横たわっていた。遠くにグラウンドが見え、クラスメイトたちが頭のおかしいねずみみたいに四角いグラウンドを丸く走っている。

夏休みが始まる前まで、この位置からでも見分けることができたカンダの姿はもう見当たらない。五歩足を踏み出すごとに眼鏡を懸命にずり上げ、だれもカンダのことなんか見ていないのにおどおどとまわりを窺いながら走る姿を、今朝見たテレビのニュースキャスターより鮮明に思い出すことができる。その姿をなんとなく思い起こしていると、あのにおいまで漂ってくる気がして私は大きく息を吐いた。

彼女特有の、腐った果実みたいな正体不明のにおい。あのにおいはいったいなんだったんだろう? 下着を取り替えないのか? 髪を洗わないのか? 朝ごはんに何か変なものを食べているのか? でももうカンダはいないのだ。もしかしたらもう一生、あのにおいも嗅ぐことはなく、あのにおいの正体を知ることもないのだ。私はいらいらと爪を噛んだ。

直接さわるのがいやなのでわざわざ軍手をはめて上履きも革靴も捨てたし、ペンケースをトイレに捨てて拾ってこさせたし、カンダのブルマーを黒板に貼りつけたこともあったし、トイレの水につけたポッキーをむりやり食べさせたし、みんなに聞こえるような声で 「あんたってワキガ持ちなの? 臭くてお弁当が食べられない」 と叫んだし、あとは何をやったんだか、もう覚えていないくらい意地悪をした。

ほかの人を扇動した覚えはなかったのに、いつの間にかクラス全員が彼女をいじめ始めて、そのときの団結力は目を見張るものがあった。私よりも独創的なやり方でいじめているクラスメイトもいて、そんなとき出番のない私は黙って見ていたのだが、かえってそれは迷惑だった。自分の手で何かしなければ私の中の電熱器は熱をためこんだままだった。

そのうちカンダは、学校にいなくなります。九州へ引越したといい、そうではなくて、一年に及ぶ私のいじめでノイローゼになり、病院に通っているのだといいます。

彼女がいなくなったあと、私の、カンダに向けられた狂気は、次にカナコへと向かいます。

※収録作品は、「パーマネント・ピクニック」「放課後のフランケンシュタイン」「学校ごっこ」「夏の出口」、以上4編。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆角田 光代
1967年神奈川県横浜市生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。

作品 「空中庭園」「かなたの子」「対岸の彼女」「紙の月」「八日目の蝉」「笹の舟で海をわたる」「ドラママチ」「トリップ」「それもまたちいさな光」他多数

関連記事

『だから荒野』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『だから荒野』桐野 夏生 文春文庫 2016年11月10日第一刷 46歳の誕生日、夫と2人の息子と

記事を読む

『アイ・アム まきもと』(黒野伸一 著 倉本裕 脚本)_書評という名の読書感想文

『アイ・アム まきもと』黒野伸一 著 倉本裕 脚本 徳間文庫 2022年9月15日初刷

記事を読む

『スイート・マイホーム』(神津凛子)_書評という名の読書感想文

『スイート・マイホーム』神津 凛子 講談社文庫 2021年6月15日第1刷 隙間風

記事を読む

『キッドナッパーズ』(門井慶喜)_書評という名の読書感想文

『キッドナッパーズ』門井 慶喜 文春文庫 2019年1月10日第一刷 表題作 「キッ

記事を読む

『寡黙な死骸 みだらな弔い』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『寡黙な死骸 みだらな弔い』小川 洋子 中公文庫 2003年3月25日初版 息子を亡くした女が洋菓

記事を読む

『学問』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『学問』山田 詠美 新潮文庫 2014年3月1日発行 私はこの作家が書く未成年たちを無条件に信頼

記事を読む

『世界から猫が消えたなら』(川村元気)_書評という名の読書感想文

『世界から猫が消えたなら』川村 元気 小学館文庫 2014年9月23日初版 帯に「映画化決定!」

記事を読む

『夏物語』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『夏物語』川上 未映子 文春文庫 2021年8月10日第1刷 世界が絶賛する最高傑

記事を読む

『土に贖う』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文

『土に贖う』河﨑 秋子 集英社文庫 2022年11月25日第1刷 明治30年代札幌

記事を読む

『中尉』(古処誠二)_書評という名の読書感想文

『中尉』古処 誠二 角川文庫 2017年7月25日初版発行 敗戦間近のビルマ戦線に

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『エンド・オブ・ライフ』(佐々涼子)_書評という名の読書感想文

『エンド・オブ・ライフ』佐々 涼子 集英社文庫 2024年4月25日

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』(清武英利)_書評という名の読書感想文

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』清武 英利 

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑