『笑う山崎』(花村萬月)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/14
『笑う山崎』(花村萬月), 作家別(は行), 書評(わ行), 花村萬月
『笑う山崎』花村 萬月 祥伝社 1994年3月15日第一刷
「山崎は横田の手を握ったまま、無表情に笑っている。無表情に笑うというのもおかしいが、山崎の笑いは、まさにそんな感じだった。」(「山崎の帰郷」より)
山崎の背中に刺青はなく、指もちゃんと揃っています。肌は血の気を失ったように白く、ついでに言うと彼は酒が飲めません。最終学歴は京都大学中退という超インテリで、話は常に論理的。但し、概してそれは世間の常識を大きく逸脱しています。
冷酷無比を絵に描いたような、彼は極道のなかの極道でした。一切の感情を表に出さず、平気で人を殺します。山崎にすれば、戒めに痛めつける=殺すということでした。対抗する組織の極道、組内の仲間等、誰もが彼を恐れています。
山崎がすることは、常識では測り知れません。冒頭の「笑う山崎」では、読者はいきなり彼の奇行に唖然となり、理解不能になるに違いありません。おそらくそれは彼独自の愛情表現なのですが、あまりに歪なために周囲をあたふたさせてしまいます。
山崎が好きになったのは、初めて隣りに座ったフィリピン出身のホステス、マリーでした。マリーは決して若くはありません。40代の前半くらいで、目尻に深い皺が刻まれ、尖った鼻先や顎の線が冷徹な意志を感じさせます。
山崎は、自分の腕時計が欲しいか、とマリーに訊ねます。その時計はスイス製で、ベルトにまで小粒のダイヤが埋め込まれた、叩き売っても300万円はする代物です。「お金、欲しくて日本来た。お金のため、日本人に頭さげる」マリーの剥き出しな答えに、周囲は慌てます。
山崎はというと、左の拳におしぼりを巻きつけたかと思うと、その上に時計をはめ、拳を握り直して立ち上がり、マリーに向き直ります。次の瞬間、マリーの軀は吹っ飛び、肉にダイヤが噛む音が聴こえます。鼻が潰れ、軟骨が露出し、顔半分が深紅の血で覆われます。
そんなことがあった後、マリーの傷が癒え、整形外科で鼻を元に戻すと、2人は夫婦になります。つまりは、山崎とはそういう男でした。マリーにはパトリシアという娘がおり、以後の山崎は2人に対し、過剰なほどの愛情を注ぎます。
彼は京都の人間で、京都小桜会の組長代行として、現実的な組の采配を任せられています。その山崎が、今は東京近郊の地方都市にいます。小桜会の傘下となった関東誠勇会高木一家の客分として、目付 (見張り役) のために「出張中」の身となっています。
寺山は高木一家の代貸で、山崎の補佐役を務めています。彼は、山崎に認められている自分を誇りに思っています。
ある倒産した社長一家の取立ての場面。寺山は極道らしく、容赦なく社長を責め立てますが、今のままでは回収する手立てがありません。寺山の仕事に対し、山崎は終始無言でいます。
山崎が最後に下した結論は、「海外旅行」でした。それが何を意味するのか、さすがにそれは寺山も承知しています。海外旅行とは、(取り立ての) 最終的な手段でした。
それは外国でする臓器売買のことで、国内でこそこそやるような生易しいものではありません。全ての臓器や角膜を売り捌くということ。旅行者は二度と帰って来ることはありません。
「・・・・・・・社長はやむをえませんが」 と言う寺山に対し、山崎は、「社長だけじゃない。母も娘も、だ」と応えて笑っています。「なあ、寺山。社長ひとりが海外旅行では、寂しいよ。家族だろう」 と続ける山崎に、寺山は頷くほかありません。
山崎は、寺山に 「平等を心掛けろ」 と言います。ここでの山崎の哲学は 「平等というのは、強者の発想で、高いところから無理やり与えるもの」で、「平等を力ずくで押しつけられる者は、畏怖される」 というものですが、正直なところ、寺山にはよく分かりません。
山崎がひどくムキになって押しつけてくる理解不能な理屈に、寺山は異常なものを感じています。それは、暴力よりも危険な匂いがします。しかし結局のところ、彼は山崎の言うことややることがよく理解できません。理解できずに、心の隅に恐れだけが残ります。
最初の 「笑う山崎」 の部分を紹介しました。この本は連作の長編になっており、「山崎の憂鬱」「山崎の帰郷」「炙られる山崎」「走る山崎」「山崎の情け」「山崎の依存」「嘯く(うそぶく)山崎」と続きます。約20年前の傑作です。ぜひ、手に取ってみてください。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆花村 萬月
1955年東京都生まれ。本名は吉川一郎。
サレジオ中学卒業後、寝袋ひとつで全国を放浪、さまざまな職業を経験する。
作品 「ゴッド・ブレイス物語」「皆月」「ゲルマニウムの夜」「ブルース」「ぢん・ぢん・ぢん」「二進法の犬」「王国記」「百万遍 青の時代」「沖縄を撃つ!」「武蔵」他多数
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