『かなたの子』(角田光代)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2025/09/20 『かなたの子』(角田光代), 作家別(か行), 書評(か行), 角田光代

『かなたの子』角田 光代 文春文庫 2013年11月10日第一刷

生まれなかった子が、新たな命を身ごもった母に語りかける。あたしは、海のそばの くけどにいるよ - 。日本の土俗的な物語に宿る残酷と悲しみが、現代に甦る。闇、前世、道理、因果。近づいてくる身の粟立つような恐怖と、包み込む慈愛の光。時空を超え女たちの命を描ききる傑作短編集。泉鏡花文学賞受賞。(「BOOK」データベースより)

まさに 「身の粟立つような」 という表現がぴったりな、怖い話が八編。角田光代という人はこんなのも書くんだという驚きと、さすがに角田光代が書くと怖いだけの話がこんなにも滋味深い話になるんだという感嘆が同時に味わえる一冊です。

一番怖かったのは、冒頭の 「おみちゆき」 という話。これは、村人から尊敬される月光和尚というお坊さんが、即身成仏になるために生きながら墓に埋められるという話です。

「埋められる」 と書くといかにも強制的に思えますが、和尚は自ら決意して墓に入るわけです。墓には、空気穴として筒だけが通っています。それを村人が毎晩交代で確認する - 和尚が死んだかどうかを確かめる - その作業が 「おみちゆき」 でした。

結果的には三ヶ月後に和尚は死にます。それを村人が掘り出すのが四年後。これは墓に入る前に決められていたことで、約束の四年後に村人は和尚の木乃伊 (ミイラ) を掘り返すのですが、その時の姿が思い描いていたものとは大層違い・・・・・・・、という話なのですが、結末が圧倒的に惨いので、敢えてここでは書きません。

さて、怖い話が収められたこの短編集のもう一つの側面、どちらかと言えばこちらの方が主たるテーマということになりますが、それはいずれもが人の 「いのち」 に関わる物語であるということです。

それも、不幸にしてこの世に生まれ得なかった 「いのち」、あるいは望みどおりに生きることが叶わずして失われてしまった 「いのち」 の物語、そう言っていいと思います。

最初から順を追って読んでいくと、ほんの緩やかではありますが、それぞれの物語がどこかしらで繋がっているのに気付きます。人はただ単に生まれ、単に死んでいくのではありません。必ずやそこには前世や来世、因果や道理といったものが関与しているのだということを思い知ることになります。

その核をなす物語が、表題作 「かなたの子」 です。かなたとは 「彼方」 のこと。物語の舞台は、少し前の時代の農村。この村では、生まれる前に死んでしまった子には名前などつけてはならないという言い伝えがあります。

八ヶ月で死産した文江は、そのことを知りながらも生まれて来なかった子への愛しさに、密かに 「如月」 と名前を付け、墓へ参っては子の名を呼び続けています。それが義母にばれると 「そんなことをしているから次の子がくるにこられないんだ」 と怒られもするのですが、文江は死んだ如月を忘れることができません。

やがて文江は次の子を身籠りますが、彼女にはそれが如月の生まれ変わりだとはどうしても思えません。その思いは日毎に強くなり、そしてあるとき文江は夢を見ます。夢に如月が現れて、「私は海のそばにいる、くけどにいるよ」 と言うのでした。

「くけど」 とは、死者たちの国、黄泉の国。生まれなかった、もしくは生まれてもすぐに死んでしまった子らが、そこで石を積み、次に生まれるのをじっと待っている場所のことを言います。

村を出て初めて鉄道に乗り、手漕船で渡った先にある 「くけど」 にやって来た文江が見た光景とは、一体何だったのでしょう。文江が 「くけど」 で感じ取ったものは、単に生まれ得ずして死んでしまった如月の姿だけではなかったのです。

岩場に沿って無数の、まるで子どものように見える地蔵が並んでいます。砂浜や地蔵の間、岩場にも刺さっている風車が、しゅうしゅうと音を立てて回っています。文江は地蔵に近づきます。如月はあのなかにいるのだろう、しゃがんで隠れて、笑いを堪えているのだろうと文江は想像しています。

文江が何かに躓いて、足元を見ると、石がいくつも転がっています。しゃがんだ文江は、すぐ目の前に、石を積み上げた小さな塔があるのに気付きます。ひとつ気付くと、その隣にも、向こうにも、似たような三角錐が数え切れないほどあります。

それが何を意味するのか文江にはわからないのですが、けれど今、崩すべきではなかった塔を崩してしまったこと、如月を見つける前に、崩した償いとして倍のふたつ、同じような石の塔を作らねばならないことを文江はすでに勘付いています。

文江が唐突に感じたこと - それは、もしや如月は自分でないかという思いです。自分はこれから生まれるのではないか。この腹に、かなしみやよろこびや、ねたみや笑いや、苦しみや許しを詰めこんで、これから生まれていくのではないかという思い・・・・・・・。

死んだ子に遭いに来て、文江が感じたのは自分が生まれるという不思議な感覚 - ならばここはどこだろう、と文江は考えます。

この本を読んでみてください係数  85/100


◆角田 光代
1967年神奈川県横浜市生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。

作品 「空中庭園」「対岸の彼女」「紙の月」「八日目の蝉」「ロック母」「マザコン」「だれかのいとしいひと」「ドラママチ」「それもまたちいさな光」「笹の舟で海をわたる」「幾千の夜、昨日の月」ほか多数

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