『四とそれ以上の国』(いしいしんじ)_書評という名の読書感想文

『四とそれ以上の国』いしい しんじ 文春文庫 2012年4月10日第一刷

高松の親戚にひきとられたきょうだいの一人が人形浄瑠璃に魅せられる。塩祭りの夜にきょうだいたちに何かが起こる。(「塩」)列車の旅をする英語教師や海沿いの巡礼路をゆく巡礼者、渦潮に魅せられたトラック運転手や逃げ出した藍と追う藍師・・・・。四国を舞台に現実と異世界とが交差する、五感に響く物語世界。(文春文庫)

「塩」では香川、「峠」では愛媛と高知、「道」では八十八ヶ所の巡礼路、「渦」では鳴門大橋と明石海峡大橋、そして「藍」ではその(四国地方)全体を舞台にした -(ある解説では)物語の魔法使い・いしいしんじの〈超〉傑作短編集、とあります。

やや具体的に書くと、屋島の塩、阿波の藍染め、鳴門の渦潮、人形浄瑠璃、果てしない巡礼の旅といったものを材に、四(四国地方)とそれ以上の(現実とは異なる幻想を交えた)国に魅入られた、著者の内なる世界を描いた異形の物語と言えばいいのでしょうか。

傑作短編集というにとどまらず、前に〈超〉が付いているのに注意ください。その意味を、まずはしっかり確かめて読むか読まないかを決める必要があります。間違っても、(中身を見もせず)思い付きやその場の勢いなんかで読もうとしない方がよいのではないかと。

批判しているわけではありません。むしろそれよりかは、案じている、といった方が近いような気がします。なぜなら、読んで素直によかったなどとはどうあっても言えないような小説なのですから・・・・

まあ、(恐れを知らないあなたなら)読んでみてもいいかとは思います。それほどに理解するのが大変で、普通の描写もあるにはありますが、安心していると、ドツボに嵌ります。いきなりにして、何のことやらまるでわからなくなってしまうのです。

いしいしんじの心の中はどんな風にあるんだろう。心の棚はどんな風に整理されているんだろうと思い倦ね、思っても思っても答えは出ず、そのうち話はわからなくなるわ、当然のこと面白くもなくなるわで、結局途中で投げ出してしまうのではないかと。

何とはなしに天才なのかと思い、だから凡人の自分なんかにわかるはずがないのだと落ち込み、なら自分は今まで何を読んできたのかと、更に落ち込むのが関の山だと思うからなのです。

中で「塩」という小説は、かなりセクシュアルであるのに気付きます。人形浄瑠璃に魅せられたウキと、ウキを見守る「俺」とは、同じ情念を感じています。二人は、小便を漏らしている感じがする、しかし小便ではない別の何かを流して歓喜します。

比較的読みやすいのは「渦」でしょうか。渦に見入られたトラック運転手の話で、佳境では、知らず知らずのうちに(目に見えない男のからだは)意思を離れ右へ左へくるっ、くるっ、くるっ、くるっ、と回転をはじめ、それにひきずられないよう目に見える足を踏ん張っているだけで精一杯になったりします。

男は野球が得意で、正岡子規が登場したりします。病気で入院している男の弟の知り合いの蜂須賀さんという謎の人物が現れたりもしますが、それらが「渦」に関係するかといえば何の関係もないのがわかると、何が為に書いてあるかがまるでわからなくなります。

およそ感動とか涙とは無縁の話で、ただ四国の地と歴史を礼賛する著者の感じた思いをそのままに、五感を使って感じてくださいと言わんばかりの話が続きます。それでよければ、どうか覚悟して読んでみてください。

この本を読んでみてください係数 75/100

◆いしい しんじ
1966年大阪府大阪市生まれ。
京都大学文学部仏文科卒業。

作品 「アムステルダムの犬」「東京夜話」「ぶらんこ乗り」「麦ふみクーツェ」「プラネタリウムのふたご」「ポーの話」「みずうみ」「ある一日」「トリツカレ男」など

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